第21話 色んな初めて

「まあ、そんな大それたお願いは来ないだろうからやってみてよ。やってくれたら、ボクからも冬花ちゃんに睡眠時間掛け合ってあげる〜」


 くすくすと笑いながら楽しそうに彩芽が言ってきた。まあ、相手は男子なわけだし……。それに、睡眠時間がかかってるならやらないわけないじゃないか!


「智くんが誰かのために何かをやるなんて珍しいよね♡」


 ワクワクしたような秋元先輩の声が聞こえてくる。僕はお願いを聞くために、前に進み出た。優勝したらしい男子生徒がにこにこしながら僕を見ている。


「お待ちください。智季くんがお願いを聞いていいのは私だけ――」


 焦ったような冬花さんの声が聞こえた。はて、何をそんなに慌てているのだろうか。と、気になった僕が振り向く前に冬花さんに背中を押される。


「え……。えええ!?こんなことあっていいのか!!??」


「トモキって男だよな!?でも、でも……可愛いから万事OKか!!??」


 周りの男子生徒の興奮したような声が聞こえてくる。何が起こったのか。端的に言えば、僕を止めようとしてバランスを崩した冬花さんに背中を押された僕は優勝した男子生徒にキスしてしまったのである。


「えーと……」


 状況が飲み込めないままに、僕は唇を押さえた。ふむ、なんか柔らかかったな……。まあ、周りが楽しそうにしてるしいいのかな。


「智季くん、まさか今のは初めての……」


「あ、確かに初めてですね。なんか柔らかかったです。えっと、バランス崩してたみたいですけど怪我とかないですか?」


 大して初めてだとかなんだとかキスに興味が無い僕は今の事件にも興味はなかった。だから、どうしてショックを受けたように冬花さんが青ざめているのか分からなかったけれどそれも大して気にしない。とりあえず、僕は一刻も早く寝たかった。


 ▼▽


  なんということでしょうか。智季くんのファーストキスが男子に奪われてしまいました。それなのに、本人と来たら何もショックを受けていません。


「ふぁ……今日の活動も終わりましたよね。寝てもいいっすか?」


 遊びに来ていた男子生徒たちが帰ると、智季くんは早々に準備室に引きさがろうとします。私は、それをどうにか止めようとお茶を用意しました。なんとしてでも、智季くんに意識して貰わなくては……!


「智季くん、お茶が入りました。いかがですか?」


 私の問いかけに、眠ろうとしていた智季くんでしたがこちらに来てくれました。こういう人の気遣いを無げにしないところも好きなポイントのひとつです。私の向かいに座った智季くんは紅茶を飲みました。


「まあ、寝る前に温かいもの飲むっていうのも大事っすよね」


 智季くんはほっとしたような顔で言いました。私はその一言に嬉しくなります。なんだか役に立ったような気持ちになったのです。


「そ、その智季くん?」


「なんでしょう」


 首を傾げながら、こちらを見る姿に鼓動が高鳴ります。その行動一つ一つがこちらの気を惑わせていると気づいているのでしょうか。きっと気づいていないに違いありません。


「お茶菓子などはお召し上がりにならないのですか?」


 私の問いに智季くんは首を傾げました。私はその間も心臓をドキドキと鳴らしています。その音は向かい合って座っていると気づかれてしまうのではないかと思うほどに。


「甘いのはあんまり食べないっすけど」


 智季くんの言葉に焦った私はひとつのお菓子を手に取りました。これからどうしようと言うのでしょうか。それは私にも分かりません。


「こ、これなんか甘さ控えめでオススメですよ」


 私はそのお菓子を1口かじりながら言いました。何を言っているのでしょうか。それは私にも分かりません。


「へー、じゃあ食べてみようかな」


「こ、これを差し上げます!」


 テーブルに乗ったお菓子に手を伸ばそうとした智季くんに私は自分の食べ掛けを差し出しました。私は何をやっているのでしょう。それは私にも分かりません。


「え、いいんすか?冬花さんのじゃ……」


「い、いいですから早くなさってください」


 半ば強引に智季くんの口元にお菓子を持っていきました。すると、智季くんの唇が私の手に近づいてきます。徐々に縮まっていく距離に心臓がドキドキとなりました。


「うん、美味いです」


 1口かじった智季くんはそう言って私に笑いかけました。私の頬はかぁっと赤く染まったのではないでしょうか。あーん、のみならず間接キスまでしてしまったのですから。


「よいしょ、ありがとうございました。あ、カップ洗っておきますね」


 智季くんは大して気にする様子もなく、私の分のカップまで洗ってくれました。私はその間もドギマギしながら喜んでいました。智季くんにあーんをした、智季くんと間接キスをした。


「あ、ありがとうございます……」


 そのお礼には色んな意味が隠されていましたが彼は気づいていないでしょう。そして、間接キスで手に唇が近づいてきただけであんなにドキドキしてしまった私は本当のキスなどできないのでは無いでしょうか。彼は1ミリも気にしてなんか居ないのに……。


 

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