第20話 ドタバタな成就
「というか、本当にお会いしたことありませんですよね?」
「はいっ!ないと思いますっ!」
少し怪しむような目で薄田先輩に見られてしまった。僕は慌てて否定する羽目になる。案外メイクをしていようがしていまいが変わらないのかもしれない。
「あと1年半位で、私の現役生活も終わります。大学に行ったらまた陸上はやりますけど、少しゆっくり出来るかと……。それまではこの気持ちは伝えられません」
薄田先輩はゆっくりと拳を握りしめた。薄田先輩も薄田先輩なりに考えた結果、今みたいな状態になっているのか。だとしたら、尚更――。
「それで、阿部先輩に他の好きな人が出来てしまったらどうするんです?」
僕は思わず思ったことを口に出していた。今の状態を見ている限りそんなことはありえないとは思う。でも、人の心に絶対なんてないのだ。
「その人は絶対に自分を好きでいてくれるなんて思い上がりです。好きだと思った瞬間に伝え合わないと後悔した時には間に合わないことになります」
どうして自分でもこんなことを言っているのか分からなかった。でも、こんなに思いあっているのにすれ違っている2人がもどかしくて仕方なかった。たとえ時間が合わなくても2人なら大丈夫だと僕が思っている。
「きっと、阿部先輩も待ってますよ」
僕は薄田先輩に笑いかける。薄田先輩のことを話す時のあの愛おしそうな顔。すれ違った時のあの寂しそうな表情。
「本当ですか……!?」
グイッと僕に顔を近づけながら、薄田先輩が聞いてくる。阿部先輩のことになって冷静さを欠いているのだろうけれど、ちょっと近すぎやしないだろうか。僕がふと教室のドアに目を向けるとそこには何故か阿部先輩の姿があった。
「康太……!!」
「阿部先輩……!」
僕と薄田先輩がほぼ同時に阿部先輩の名前を呼ぶ。寂しそうな笑みを浮かべながら背を向ける阿部先輩を薄田先輩が追いかけた。僕も説明しなければと2人の背中を追いかける。
「僕も……!」
今の僕は男の娘姿では無い。ということは、先程の距離感で薄田先輩が男と空き教室で2人きりでいたということになってしまう。そんな光景を見た阿部先輩は間違いなく誤解をするだろう。
「説明をさせてください……!」
でも、足の速い2人の背中はどんどん遠くなっていく。さらに、僕の服の裾を掴む誰かの手があった。僕はそれに気を取られて足を止める。
「女性と密会だなんて許し難いですね。ここに留まることを命令します」
そこにいたのは冬花さんだった。その表情は少し微笑んでいるように見える。焦っている僕とは違って余裕そうだ。
「でも、阿部先輩がきっと誤解して……」
「大丈夫です。いくら不器用であっても大事なことは2人で解決せねばなりません」
冬花さんが僕の手を握って窓の方へ誘導する。そこから見える中庭には2人の姿があった。2人で息を切らして、立ち止まっている。
「なんで追いかけてくるんだよ!」
「康太が逃げるからです!!」
「そりゃあ邪魔する訳には行かないだろ!!!」
阿部先輩が僕たちには絶対に見せないような顔で声をあげている。それに薄田先輩も答えた。すると苦しそうな顔で阿部先輩が叫んだ。
「邪魔なんかじゃありません!康太は誤解してます!!」
「何が誤解なんだよ!!!キスしそうだった癖にっ」
力いっぱいに叫ぶ薄田先輩に阿部先輩も負けじと声を張り上げる。意地っ張りはどこまで行っても意地っ張りだ。本当に素直になれるのだろうか。
「そんなわけないじゃないですか!私が好きなのはいつだって康太だけです!!」
薄田先輩が両目をつぶってついに叫んだ。阿部先輩がその言葉に目を見開く。薄田先輩の顔はこれでもかというほどに、赤く染まっていった。
「ほら、言った通りでしょう?気持ちが通じていれば、いつかきっと分かり合えるのです」
冬花さんは僅かに目を細めて言った。阿部先輩と薄田先輩はぎこちないながらに、距離を縮める。そしてしっかりとお互いの手を握った。
▼▽
「「それでは、最終けっせーん!」」
その後、部室に戻った僕たちはカードゲーム大会を再開した。そこには楽しそうに2人で参加する阿部先輩と薄田先輩の姿もある。うん、寝れなかったけれど悪い気はしないかもしれない。
「「優勝商品の発表〜」」
双子の声が部室に響く。どうやら優勝者が決まったらしく、あの冬花さんからのご褒美というやつだろう。僕は声の方に目を向ける。
「「優勝商品は冬花にお願いをなんでも1個聞いてもらう。だったけど……」」
双子が言い淀んだことによって会場がザワつく。それはご褒美の張本人である冬花さんも同じようで固まっている。はて、何が起きている?
「「冬花じゃなくてトモキに、したいと思いまーす」」
双子の言葉に僕は口をぽかんと開けた。そんな話聞いていない。というか、なんじゃそりゃ。
「聞いていませんが?」
「「ほら、なんでも新しいことに挑戦でしょ?ここにも取り入れようって彩芽が」」
ジロっと、ジト目を双子に向けた冬花さん。そんな視線をもろともせずに、双子は肩を竦めた。どうやら、彩芽の策略のようだ。
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