第19話 スーツな僕

「薄田先輩の所に行かなくていいんですか?」


 配られたトランプの中からペアになるものを探しながら僕は阿部先輩に尋ねた。すると、阿部先輩はバラバラとトランプを全て落とす。あ、ジョーカー持ってたの阿部先輩だったんだ。


「薄田先輩はきっと阿部先輩が来てくれるのを待ってますよ?きっと薄田先輩みたいな人にヤキモチ妬かせよう作戦は不作に終わるかと……」


 僕は阿部先輩が落としたトランプを拾い集めながら言った。お互いに不器用なら、真正面からぶつかるしかないのだと思う。なんて、ほとんど人付き合いの経験のない僕の意見なんて合っているか分からないけれど。


「スターターピストルの音を聞いた時の阿部先輩が1番優しい顔をしてました」


 でも、それだけはしっかりと見ていたら分かる。いつもの余裕そうな笑みももちろん素敵だとは思うけれど、あの表情に勝るものはないだろう。心からの慈しみに溢れたそんな笑み。


「きっと思い浮かべてたのは薄田先輩が走っている姿ですよね。薄田先輩はエースですから」


 それはきっと心から阿部先輩が薄田先輩を思っている証拠。それに、薄田先輩も阿部先輩が応援してくれたら嬉しいはずだ。好きな相手からの応援は何よりも力になるのではないだろうか。


「エースだからこそ、俺なんてのは邪魔なだけなんだよ。妨害するくらいなら忘れられた方がマシだ」


 阿部先輩がしおらしく言った。いつもの余裕に溢れた阿部先輩はそこには、いない。薄田先輩に恋するただの1人の男子高校生の阿部先輩だった。


「俺はここで、みんなが相手をしてくれてれば――」


「智くん、お借りしますね♡」


 阿部先輩が諦めたような顔で何を言ったのか真剣に聞いていたのに……。そんな僕たちの会話を遮ったのは、全く雰囲気の違う明るい声だった。この声は、秋元先輩だ。


「え、トモキ……?」


 星野先輩と秋元先輩に2人がかりで連れ去られる僕を見て、阿部先輩が戸惑いの声をあげる。驚くのも当然だろう、というか僕も驚いている。せっかくちゃんとした話をしていたというのに。


「待ってたわよ。いや、私が呼び出したわけじゃないわよ?」


「これは一体……?」


 夏織が僕を出迎えたので、とりあえず首を傾げてこの状況を尋ねてみる。連れてこられたのは部室の隣にある資料準備室だった。ここで何をするというのか。


「この衣装はあんたしか着れないんだから、さっさと着るの。無駄にしないでよねっ 」


「いや、ついていけないんだけど……」


 夏織が意味不明なことを言いながら服を僕に押し付ける。僕はこんな服を買ってくれとは頼んでないし、着替えるのもめんどくさいし……。でも、着替えない方がめんどくさい事になりそうなので大人しく着替えることにした。


「無関心なフリして実はだいぶ気になっちゃってる五十嵐センパイに大仕事用意してあげたよ〜。解決部としての初仕事だね!」


 彩芽がウインクしながら言ってきた。はて、だいぶ気になっちゃってる……?僕が、他人のことを……?


「智くんなら上手くできるよ☆」


「冬花の思いつきを形にできるかはあんた次第よ。五十嵐」


 励ますように拳を突き上げる秋元先輩。腕を組んで解説風に言う夏織。いや、そんなことこんなアドリブでできるとでも……?


「とても私だけでは場が回らないのですが……。こちらのお手伝いをしてくださる方を補充しにきまし――」


 部屋のドアを開けながら、冬花さんが人員集めにやってきた。僕は突然の来訪にばっと振り向く。その瞬間に目を見開いた冬花さんと目が合った。


「冬花ったらフリーズしちゃったの?」


「い、いえそんなことは……」


 何故か部員たちに着せられたスーツ姿の僕を見て、冬花さんは目を見開いている。まあ、冬花さんは男の娘姿の方が見慣れているだろうし違和感があるのかもしれない。これが通常なのだけど。


「「はいはい、行ってらっしゃいね」」


「いけいけ♪智くん」


 僕の方を見ながら微かに頬を赤くしている冬花さんから視線を外される。くるっと回転させられた僕はドアから外に出されていた。どうやら任務開始らしい。


「わ、私を呼び出すなんて珍しい方ですね?」


 指定された教室に入ると、そこには黒髪ロングの少女が居た。1度だけ会ったことがあるけれど、彼女はそれに気づかないだろう。だって会ったときは、僕は男の娘姿だったから。


「えっと、私自意識過剰だったらごめんなさいですけど告白だったら受けられません。す、好きな人がいるですので」


 薄田先輩はそう言った。その表情は真剣そのもので、好きな人というのは阿部先輩のことだろうとすぐにわかる。それを本人にも言えたならいいのにと思ってしまうけれど。


「でも、告白は私は出来ないですけどね。今、付き合えたとしても寂しい思いをさせるだけですし」


 すっと影のある顔で彼女は言った。エースとしての葛藤があるのだろうと、その顔を見ると分かる。でも、阿部先輩の寂しさも近くで見ていたから分かってしまうだけに複雑な気持ちになった。 


 

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