第17話 片思いな事情

「ていうか、なんでこんな時間にここにいるんだよ。部活のはずだろ?」


「ぶ、部活が早く終わったんです。でも待ってたなんて思わないでくださいね、たまたま帰り道だっただけですからっ!」


 やっと阿部先輩が女子に話しかけた。すると、落ち着きかけていた女子の顔がまた真っ赤に染まっていく。そして、また心にもないであろうことを言ってしまっている。


「ということで、帰ります!!さようならっ!!!」


 女子は真っ赤な顔を髪の毛で隠すようにして背を向けてしまった。そして、ズカズカと昇降口までの道を歩いていく。ふむ、なんでこんなに2人とも意地っ張り……?


「追いかけなくていいんですか……?」


「な、なんなんなんなんなんで、俺が追いかけるんだよ!?俺はトモキと歩いてるんだぞ!?」


 僕は寂しそうに背中を見送った阿部先輩に尋ねた。だが、しかしまた謎の動揺を見せただけで追いかけようとはしない。まあ、動揺してる阿部先輩も面白いんだけど。


「ま、まあ俺も帰るけどな!じゃあな、トモキ!」


 普段そんな強い口調じゃないだろうに、人格が変わったようになってしまっている。するとそこに突進する人影。え、なんで止まろうとしないの?


「紅音、危ないです」


「星野先輩、もっと止めてください!」


 どうやら阿部先輩に突進したのは秋元先輩だったらしい。なんで廊下を走っていたのかは不明。それでも阿部先輩はまだ動揺から抜け出せていないらしく、帰っていった。


「走りたい気分だった?あの……小学生男子でもあるまいし、自重してください」


 てへっ☆と笑っている秋元先輩に事情聴取をしながら怪我がないか確認する。というか、気分で高2女子が廊下を走るな。そして、人を見つけたら止まれ。


「えっとでも、怪我はなさそうですね。平気そうですよ、星野先輩」


 遠目の位置から心配そうな顔でこちらを見ていた星野先輩に言う。すると、ほっとしたような表情であの星野先輩が少し笑ったような気がした。僕が、このふたりは本当に百合なのかもしれないと思った瞬間だった。


「智くん、智くん♪」


 先程まで怪我の有無を確認されていた秋元先輩が僕の名前を呼ぶ。僕はそれに反応して、視線を向けた。というか、その語尾が上がる感じどうにかならないものだろうか。


「さっき、珍しい2人と話してたよね♡」


「珍しい……ですか?」


 こちらを見てワクワクしたような顔をしている秋元先輩。僕はその説明に首を傾げた。全く周りを見ずに生活しているので、どの組み合わせが珍しいのかも分からないのだ。


「2年の薄田 優香ちゃん。阿部くんの片想い相手☆」


 秋元先輩の言葉に動きが止まった。阿部先輩の片想い……?阿部先輩が片思いの相手、の間違いじゃなくて?


 ▼▽


「お噂を耳に挟んだのですが、皆さんは阿部さんと薄田さんの関係について知っていたのですか?」


 どん、と冬花さんが部室の真ん中で部員たちに問う。その周りを部員たちが囲んでいる感じだ。僕は遠目から、声をかけることにした。


「接客、練習は……?」


「夏織と夏澄からどうぞ」


「「中学からの腐れ縁で、友達っていう体。でも、2人とも気持ちダダ漏れって感じ」」


「彩芽は何かありますか?」


「はいは〜い」


 僕の声は無視する方向で、話し合いが進んでいる。双子が2人の関係を簡単に説明すると、今度はボクっ娘がスマホを見ながら話す。僕が眠れるようになるまで、まだまだ時間はかかりそうだ。


「陸上部エース、阿部センパイだーいすきなのに素直になれない残念系ツンデレ、大会なんかの練習で時間がないことも多いらしいよ?見た目は可愛いけど、ボクを始めとするここの部員には勝てないね」


 彩芽が分析結果を読み上げた。その分析はどんなデータから行っているのだろうか。そして、自分たちをしれっと可愛いと評していることにも驚いている。


「つまり、めんどくさいってことね」


「監禁する勇気も繋ぎ止めとく技量も無いって事」


「ボクが男でも選ばないかも〜」


「なるほど、だから……なのでしょうか」


 夏織がなんの躊躇いもなくスパッと薄田先輩のことを斬ったかと思えば、夏澄が自分基準で変なことを言っている。彩芽は辛口評価を残し、冬花さんはなにかに納得したような顔をした。はて、なんだろうか。


「えーと?」


「つまり!阿部センパイも寂しいってことだね」


「本命の子が部活命で構ってくれないからここに来て寂しさを紛らわしてるのよ」


 イマイチ話の全貌を飲み込めていない僕が首を傾げる。すると、彩芽が端的な結論を言ってくれた。それに続いて、夏織も分かりやすく説明してくれる。


「な、なるほど……?」


「彩芽」


 僕は共感は出来ないながらも納得はした。寂しいなら他の女子にかまけていないで、彼女の練習の応援でもしに行けばいいのに。そんなことを考えている僕の横を冬花さんが通り過ぎていく。


「そんな事情を知っていて、阿部さんをこの部にお通ししていたのですか?」


「もちろーん!だって個人の事情なんかボクには関係ないし!ボクは部が円滑に進めばそれでいいの♪」


 冬花さんが少し呆れたような表情で彩芽に問う。すると、彩芽は悪びれる様子も無くそれを肯定した。ふむ、解決部部長も楽じゃなさそうだな。

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る