第16話 不器用な2人

「ほーら、トモキ?」


 僕を呼ぶ甘い男性の声。僕はそちらに視線を向けた。すると、茶髪のへらっとした笑顔と目が合う。


「接客中はお客さんの方見なきゃダメだろ?目、逸らすの禁止」


 僕の顔付近で人差し指を振って、そう言う。そして、にこっと笑みを深くした。いちいち所作が女子のツボを押さえている感じがする(男子の感想です)。


「そ、やればできるじゃん。改めて顔見ると、やっぱかーわい」


「は、はぁ……」


 普通の女子ならその少し首を傾げながら言う可愛いにズキュン、と射抜かれるのだろうか。僕にはその感覚は全く分からないけれど。だって、僕は男子だから。


「まだまだ慣れてないもので、すみません……」


「そんなこと気にしてたのか?別にいいよ」


 僕が頭を下げて謝ると前に座る男子――阿部 康太先輩は朗らかに笑った。スマートにコーヒーを口に運ぶ姿は男の僕でもかっこいいと思う。まあ、絵面で見たら僕は女子に見えるんだろうが。


「拗ねてるわよ、冬花」


「そんなに嫌なら智季くんのこと、閉じ込めちゃえば良かったのにね。夏澄ならそうするよ?」


 自分の席に座って、僕と阿部先輩に背中を向けている冬花さんを見ながら双子が言った。どうやら、僕のお客さん役を自分が担おうとしていたらしい。解決部のお客さんってほとんどが男子なのに。


「私のお客さんはいつだって夜宵1人だけだよ?」


「「ゆりゆりすんな」」


 星野先輩の頬をつんつんと続きながら秋元先輩が言った。そんな姿に双子がすかさずツッコミを入れる。え、あそこって百合だったの……?


「ていうか、阿部先輩は僕の練習なんかに付き合ってていいんですか?」


「ああ、いいんだ」


 僕は阿部先輩のカップにコーヒーのおかわりを注ぎながら尋ねた。そんな質問に阿部先輩は頷いて答える。忙しかったりしないのだろうか。


「接客の腕を磨くために活動は一時的にお休みだもんね。今月のお気に入りちゃんと会えないなんて寂しいだろ?」


 阿部先輩は照れたりしないんだろうか……。今どき漫画キャラでもそんなこと言わないだろみたいなことを平気で言われるのでこっちが恥ずかしくなってくる。そういう人なんだろうけど。


「今日も元気にやってるなぁ……」


「あー、そーだね。もーすぐ大会だもんね〜」


 外から聞こえてきたスターターピストルの音に阿部先輩が反応する。彩芽がうんうんと、グラウンドに目をやりながら答える。陸上部、かな?


「うん、頑張って欲しいね」


 目を細めて、愛しいものを見るような顔で阿部先輩が言った。その顔は今まで見たことの無い阿部先輩の顔だった。そんな顔もするんだな、とひとりで思ってみる。


「陸上部にお知り合いでもいるんですか?」


「いない、いないいないいないいない。よ、よーし今日のところは帰ろうかな?????」


 僕がふと思った質問をしてみると、阿部先輩は明らかに慌てた様子で首を振った。そして、立ち上がって帰ろうとする。何故にそんなに焦りだした……。


「じゃ、じゃあお送りしますね?」


 謎の焦りを見せた阿部先輩だけれど、練習に付き合ってもらったので部室の外まで見送ることにした。がちゃっとドアを開けると、そこには見知らぬ女子の姿。はて、誰だろうか。


「あの……」


 僕は慌てて去ろうとしている背中に声をかける。誰かに用事とかなら要件を伝えないと困るだろうと思ったから。すると、その背中は立ち止まって振り向いた。


「な、ななななんでもありません!別に、そこにいる男子なんかに用事ありません!!」


 黒髪ロングストレートの彼女は阿部先輩を指さしながら言った。それって明らかに阿部先輩に用事があったんだよな……。というか、それならそう言えばいいのに。


「い、一緒に帰りたいなんて思ってません……」


「そうだよな……!」


 しりすぼみになっていく女子の声。阿部先輩は女子人気が高そうだし、阿部先輩に片想いでもしているのだろうか。それにしても、阿部先輩の対応もおかしい気がするけれど。


「お、俺だってトモキと一緒に帰るとこだし!!」


「え、ええ……!?」


 阿部先輩が意地を張ったような顔で、僕の手を掴む。いや、送るとは言ったけど一緒に帰るとは一言を言ってないんだが……?ていうか、いつもの余裕のある阿部先輩はどこに行った。


「一緒に帰る約束してる子がいるなら帰ったらいいじゃないですか」


「や、約束なんてしてないですけど!!??」


 僕は未だに顔を真っ赤にして突っ立っている女子を指して言った。すると、女子に全力で否定される。いや、君は明らかに阿部先輩を待ってたんだから素直になれよ。


「トモキ、別に約束なんてしてないよ。俺はいつだってフリーで可愛い子を渡り歩くのが趣味だからね」


 阿部先輩が僕の手を掴みながら笑って言った。でもどうしてかその笑みが僕には悲しそうに見えたのだ。いつもの余裕そうな笑みだったはずなのに。


「そう、ですよね……」


 女子が諦めたように俯いて呟いた。2人とも素直になれば2人で笑顔になれそうなものを。どうしてか、2人とも向き合おうとはしていない様子だった。

 

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