第15話 お眠な男の娘
約1ヶ月前の冬花さんと阿部先輩の様子を想像してみた。なんか一つ一つの行動がキザだったし、冬花さんにもそうだったんだろうか……。冬花さんが照れたりとか……想像できないな……。
「ということは、阿部先輩は冬花さんにとってもお気に入りだったってことでしょうか」
「違います、断じて違いますよ智季くん」
僕がたどり着いた仮説を述べた。すると、冬花さんがものすごい勢いで否定する。ちょっと顔の距離も近くなってるし、落ち着いて欲しいところだ。
「私が嫌なのは、智季くんに常連客がつくことです。1人の方に時間を割き始めたら、私の相手をしてくださる時間が減るじゃないですか」
そう言って、冬花さんは落ち着くどころかずいっとさらに距離を詰めてきた。僕に常連客がつく……。とは言っても、1ヶ月ごとに推しが変わるのならそこまで長い話でもない気がするのだけど。
「えーと……」
僕はどう答えたものかと言葉を詰まらせた。ていうか、冬花さんはそんなに僕に相手をして欲しいのか?あんなにみんなからチヤホヤされている冬花さんが何故よりによって僕……。
「そうです、なんなら接客なんてしなくて良かったのです。いつまでも給仕係でいてくださったらこんな心配を抱える必要もありませんでした」
表情こそそんなに動かさないものの、冬花さんの口は止まらなかった。接客は僕が自分から望んだものじゃないんだけどなぁ……。心配されていることも、なんだか不思議な気分だ。
「でも、でも……」
冬花さんは俯きながらぼそぼそと何かを言っている。普段だったら何を言っているかなんて別に気にしないのだけれど、なぜだかその言葉には耳を傾けてしまった。この部に来てから僕らしくなくなっている場面が多々ある気がする。
「蓋を開けてみたらこんなに可愛らしくなってしまうんですから。これは眠らせておくには勿体ないでしょう?」
「僕は眠らせたままでも良かったんですけどね……」
あはは、という乾いた笑みがこぼれそうになった。可愛らしくなったところで、僕的には嬉しくなかった。注目されるのも嬉しくないけれど、なにより女の格好をしているし……。
「ほんとそうよね。原石は磨けば光るって本当だわ」
「光らなくてよかったし、原石ならもっと他の才能が欲しかったね……」
僕をまじまじと見ながら改めて感心したように夏織が言う。何が悲しくて、男の娘としての才能なんて開花させねばならないのだ。別にこういう趣味を否定する訳では無いけれど、僕とは無関係な言葉だと思っていた。
「というか、その僕の本分である睡眠を取りたいのですが……」
みんなの様子を窺いながら僕は呟く。というか、なぜ僕は気を使ってるんだろうか。寝たいなら寝ればいいものを……。
「ていうか、了承いらないですよね。もともと、寝せてくれることを条件に僕はこの部にいる訳ですし」
僕はそうだったと思い出したように言った。そんな条件がなければこんな変な部活には入っていない。たとえ変じゃなくても体力を使うだけの部活なんて入らないのだ。
「それじゃあ……」
席を立とうとすると、冬花さんと目が合った。彼女は無表情な瞳で僕を見る。たったそれだけなのに、僕は身動きが取れなくなってしまった。
「寝るのですか?せっかくの部員団欒タイムなのに……智季くんはいなくなってしまうのですか?それは果てしなく残念ですよね、ね?夏織」
「え、なんで私に言うのかしら?」
「さぁ〜?ボク知ーらない!」
冬花さんがすごい勢いで、僕に詰め寄る。そして、共感を求められた夏織が首を傾げた。答えを求められた彩芽は肩をすくめる。
「あんた、本当に冬花に気に入られてんのね?」
「夏澄も気に入ってるよ?智季くんのこと」
夏織が謎だとでも言いたげな訝しげな目で見てくる。それは僕が1番聞きたいのだけれど……。そして、夏澄に気に入られても若干怖いのだが……。
「でも、気に入られてるからってずっと部に顔を出してなきゃいけないってこともないだろ……?」
僕は若干顔をひきつらせながら言った。だって、僕の貴重な睡眠時間は……?それが無くなるなんて聞いてないんだけど。
「今は、お客さんもいないし出来れば寝に行きたいんだけどなーなんて……」
僕はそう言いながら動きを止めた。嫌な予感がしたのだ。というか、嫌な視線を感じた。
「いいでしょう、そんなに寝たいのなら寝たらいいです。ですが接客の腕をもっと磨いてから、ですよ?」
冬花さんが片目をつぶって僕の方を見た。えっと、つまりそれは……。なかなか僕が眠れる時間は来ないってことだろうか……?
「私も協力させていただきます。より、接客が上手くなった暁には睡眠時間を提供致しますよ?」
接客が上手くなる自信はないけれど、睡眠時間のためだ……。というか、入部もこんな感じじゃなかったっけ?僕は冬花さんに言いくるめられてるんじゃないか?
そんな疑問が頭を渦巻いたが気にしないことにした。考えたって睡眠時間は増えないわけで……。特訓、か……。
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