第12話 幼なじみと再会
「というわけで、これからもよろしくお願いしますね。新人さん」
そう言った冬花さんがまた笑ったような気がして、ドキッとする。その笑顔があるならば、部活をしてみるのも悪くはないかもしれない。そんなふうに思ってしまうほどに彼女の笑顔は魅力的だった。
「あ、それと」
僕の横を通り過ぎようとした冬花さんが振り返った。何かを言い忘れていたらしく、こちらに戻ってくる。はて、なにかの事務連絡だろうか。
「言うタイミングを逃していたのですが……」
「はい、なんでしょう」
少し、言いづらそうにする冬花さんに首を傾げる。心做しか頬もうっすら赤らんでいる気がして、余計不思議だ。もったいぶっているし、なんなのだろうか。
「五十嵐くん」
「五十嵐です」
冬花さんは僕の名前を呼んだ後に、俯いてしまう。そして、大きく息を吸ったかと思うと意を決したように僕と目を合わせた。その様子になんだか僕まで身構えてしまう。
「実は私たち、幼なじみなのですよ」
「は?」
いきなり告げられた関係性に僕の頭の上にはハテナが並んだ。幼な、じみ……?僕にそんなのいたっけか……。
「5歳の頃に、隣に住んでいました」
冬花さんの説明に5歳の頃の記憶を掘り起こす。確かに5歳までは、今の家とは違う場所に住んでいた気がする。そして、あの頃よく一緒に遊んでいた女の子が1人――。
「やっと言えたみたいね」
「夏澄としては、夏澄よりも智季くんに近い存在はいて欲しくないんだけどな?」
「……」
「えへへ、幼なじみっ!私と夜宵と一緒だぁ♪」
「全く、思い出すかと思いきや五十嵐センパイも最後までわかんないんだもんね。ボク、待ちくたびれちゃった」
部員が口々に何か言っているのも頭に入ってこない。確かに、幼なじみと言われるであろう女の子が1人いた。陽の光で透明に透ける銀髪と穢れを知らない白い肌を持った表情豊かな女の子。
「本当は五十嵐くんに思い出して欲しかったのですが、このままだと気づいて頂けなさそうだったので言ってしまいました。思い出して頂けましたか?私は……私は12年間、あなたを追い続けていましたよ。五十嵐くん……いいえ、智季くん」
どうして、気づかなかったのか。それは僕が他人に興味を持たずに、昔の記憶なんてものを探ろうなんて1ミリも思わなかったからだろう。でも、たとえ僕が昔の記憶を頼りに彼女の正体に気づきそうになったとしても別人だと思ったかもしれない。
「智季くんは、相変わらず格好よくて追いかけていた甲斐がありました。無事に勧誘できて、嬉しいですよ」
そう言って、冬花さんは花が咲いたように笑った。そうだ、昔はこんなふうにもっと笑ったり泣いたり怒ったり表情豊かな少女だった。だから、イマイチ彼女と冬花さんが一致しなかったのだ。
でも、今の彼女の笑顔は紛れもなくあの子の笑顔だった。幼い頃、よく一緒に遊んだ僕の幼なじみであるあの子の。冬花さんはどうやら僕の幼なじみらしかった。
「まあ、まさか再会した智季くんが男の娘になるとは思いませんでしたが……。私的には、こちらの姿も可愛らしいので大丈夫ですよ」
「いや、それは僕的にダメというかなんというか……」
この再会が僕にとってどんな意味を持つのかそれはまだ分からないけれど。どうやら、僕が想像していた高校生活とは違うものになりそうな気がしていた。でも、それを嫌だとは不思議と思わなかったのだ。
▼▽
幼い頃から忘れられない人がいた。よく一緒に遊んで、2人だけの世界でずっと過ごせると思っていた。でも、5歳の夏の日その人は私の前から姿を消してしまった。
「お母さん、智季くんはどこに行ったのでしょう」
幼いながらに、母に尋ねた。明日も一緒に遊ぼうねと指切りを交わした、次の日智季くんは私の前に姿を現さなかったのだ。今までに無かったことに私は困惑していた。
「智季くんはね、引越ししたのよ。もうお隣さんじゃないの」
引越しというワードの意味がまだ分からず、それでもお隣さんではないという言葉に遠くに行ってしまったのだということだけはわかった。それでも、私はなんとしてでも智季くんにもう一度会いたかった。冬花の髪の毛はキラキラしてて綺麗だなと言ってくれる笑顔に会いたかった。
「それじゃあ、いつか私が会いに行くまで智季くんは私を覚えていてくれるでしょうか」
私はお母さんに問う。私の質問に、お母さんはうふ、と笑った。そしてにっこりとした笑顔で私の手を握った。
「あんなに仲良しだったんですもの、きっと覚えていてくれるわ。いつかまた、会えるといいわね」
その夢を私は1日も忘れなかった。中学までは、我慢したけれど高校は智季くんが引越した先の高校を選んだ。その学校に智季くんがいる確証はなかったけれど、少しの望みにかけたのだ。
「智季くん、きっといらっしゃるのを祈っています」
私たちが繋がっているのならきっと会える。そう思い続けて入学した高校で。私は、11年振りに彼を見つけることになったのだった。
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