第11話 挑発と責任

「それは、犯行声明ですか?」


 退部する、という道をこれまでの僕ならば選んでいただろうと思う。言われたことに従っていれば、波風は立たない。今回もそうしようかと思ったのに、なぜだかさっき見た冬花さんの笑顔が脳裏を掠めた。


「え……」


 僕の挑発的な態度に流星さんは突然立ち上がった。面倒なことになりそうだ。でも、あの笑顔をもう一度見られるかもしれないのなら少しくらいは頑張ってみてもいいのかもしれない。


「そうやって、俺の事を侮辱するのか!唯一この部に入れた男だからって調子に乗ってるんだろうっ!お前は特別なんかじゃないんだ!!」


 流星さんが僕を指さしながら怒鳴る。周りの客たちもざわつき始め、部内全員を巻き込むような形になってしまった。正直、周りに迷惑をかけるのは申し訳ない。


「は……?」


 それでもここで、引き下がるわけにはいかない。僕は何を言われているのか分からないとでも言いたげな顔で首を傾げた。流星さんの顔が怒りで真っ赤に染まっていく。


「みんなで平和に過ごしていた場所をいきなり現れて荒らしたのはお前だろう!責任を取って――」


 怒りに任せて、流星さんが言葉を紡いでいるのを僕はどこか他人事のように聞いていた。それなのに、なぜだかその続きは聞こえてこなかった。止まるはずのない僕への罵倒がピタッと止んでしまった。


「あら、ここは水道じゃなかったかしら?夏澄」


「あれ、ポットが汚くなってたから洗いたかっただけなのにね。夏織」


 気がつけば、目の前の流星さんが水浸しになっていた。その流星さんの後ろにはお湯を沸かすためのポットを持った双子が首を傾げている。その口調は明らかに流星さんを煽っていた。


「……っ!」


 流星さんが声にならない声をあげる。ばっと双子を振り返ると、ものすごい形相で睨みつけていた。双子は素知らぬ顔で、彼から目を逸らす。


「えっとね〜、うちの部のセキュリティを甘く見てもらっちゃ困るんだよね〜。ほら、仮にも客商売だし?うちの部員みんな可愛いし?全員の制服と荷物に小型カメラ仕込んであるの。だ・か・ら!君の犯行現場もしっかり記録してあるよ?ボクが部員を危険に晒すようなヘマするわけ、ないでしょ??」


 ボクっ娘が自分の制服と荷物の中を見せて言った。今まで知らなかった事実に自分の制服を見ると、しっかりその場所にカメラが仕込まれていた。どんな厳重警戒だよ……。


「朱音、優しい人と可愛い子がだーいすきだからそういう人を苦しめる人って大っ嫌いかも♪」


 秋元先輩がうふふ、と笑いながら言う。そんな可愛らしい顔で言ってやるな。普通に軽蔑された顔で言われるより傷つくって……。


「同じ空間で、同じ空気を共有したくない、というやつですね」


 星野先輩がぼそっと一言呟く。普段なかなか話さないからこそ発する一言の重みが……。しかも言ってる内容ちょっときついし。


「残念ですね、これからも一緒に楽しくお茶の時間を共有できると思っておりました」


「雪白さん……!雪白さんだけは俺の事を信じてくれるよな?」


 静かに流星さんに歩み寄った冬花さんはやはり表情を一つも変えない。そんな冬花さんの流星さんはすがりつくように尋ねた。冬花さんの碧い瞳は、冷ややかに流星さんを捉えた。


「何を信じれば良いのでしょう。ただ1つ、あなたの発言で訂正しておかなくてはいけない点があります」


 冬花さんが流星さんと向かい合う。そして、真正面から流星さんの顔を真っ直ぐと見つめる。僕が見られている訳では無いのに、呼吸をするのを忘れてしまいそうになった。


「五十嵐くんは間違いなく私の特別です。あなたの憶測でそれを否定するのはやめて頂きたい。あなたに私の何がわかるのですか?」


 冬花さんは心底不思議だと言いたげに首を傾げた。それはどんな拒絶の言葉よりも彼の心を抉っただろう。1番痛みを感じる部分をゆっくりと。


「ぁ……ぅ……」


 流星さんは冬花さんの言葉に呻き声で返した。言葉なんて出てこないだろう。顔が絶望に染まっている。


「はぁ……めんどくさい客だったわね」


 走り去っていく流星さんの背中を見送りながら、夏織がため息を吐いた。僕は何もせずにただ、傍観者だった。みんなに、助けられてしまった。


「そうですね……」


 冬花さんが、フゥと息を吐いた。そして、僕に一瞥を送る。そして、こほんと咳払いをした後に僕に向き直った。


「お客様を豹変させた責任を取っていただきます。五十嵐くんは3年間、この部を退部してはいけません」


 冬花さんは僕を見ながらそう言った。確かに責任は取るようだろうし、お礼もしたい。でも、退部……してはいけない……?


「え、ええ!?」


「五十嵐くんがいらっしゃる前は、流星さんも普通のお客様でしたし。先程の荷物拾いで、少々制服も汚れてしまいましたしね」


「と、冬花さん……?」


 元々、退部するつもりはなかったもののいつ気が変わるか分からないと思っていたのも事実だ。それがいきなり3年間の活動が決定してしまったらしい。僕の、平和な学校生活はどこへ……。 

 

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