第10話 笑顔と囁き

でも、教科書やら家の鍵やら集めなければいけないものは沢山あるので拾わねばなるまい。僕はそそくさとゴミ捨て場に行こうとして、1人の人物とすれ違う。普段だったら素通りするだろうが、相手の方が僕の顔をじっと見てきたのだ。


「な、なんでしょう」


 まだ、部は始まっていないので男子生徒姿の僕をじっと見つめる男子生徒。その人は流星さんだった。見てきただけでは収まらず、立ち止まったので僕も合わせて立ち止まった。


「良かったよな、雪白さんの目に止まって冴えない男子生徒から部の人気ホープに様変わりだ」


 口角の上がり方が歪んでいる。前々からよく思われては居ないだろうと思ってはいたけれど想像以上だったようだ。その目線に憎しみがこもっているように感じる。


「そのずる賢さというか、性根の悪さみたいなものも見た目と一緒にきれいになればいいんだけどな」


 それだけ言い残して、流星さんは言ってしまった。すれ違いざまの目線からも嫌悪が伝わってくる。ひどく嫌われたものだ。


 十中八九、この荷物散乱事件の犯人は流星さんなのだろう。ゴミ捨て場にしゃがみこんで、一つ一つ荷物を集めていく。授業で体力は使ったというのに、僕は何をしているんだろうか。


「あら、そこの可愛らしい方はどちら様でしょう」


 荷物を拾い集めていると、頭上からそんな声が聞こえた。普段の僕には縁遠い言葉なのだけれど、部活に向かっていた僕は男の娘の姿だった。そして、その声には聞き覚えがありすぎる。


「もうすぐ活動時間ですが、こんなところで時間潰しですか?それとも、身を潜める秘密基地でしょうか」


 僕のそばに立っていたのは、冬花さんだった。少し不機嫌そうなその顔は僕が部活に行くのを放棄したと思っているからだろう。だが、誤解だ。


「というか、この荷物は五十嵐くんのものですか?」


「ゴミ出し当番の時に、ちょっと落としてしまって」


 周辺を見回して、冬花さんが僕に尋ねる。おおごとにする方が面倒だと判断した僕は結局自分のせいにした。話すのも、騒動に巻き込まれるのも、これ以上恨みを買うのも全て体力の無駄だ。


「そうですか、では御一緒させていただきます」


 冬花さんはその場に膝をついて、僕の荷物を拾い始めた。僕は女子生徒の格好をしながらも、男だから気にしていなかったけれど冬花さんは平気なのだろうか。陶器のように白い肌が地面に着いてしまっている。


「これはまた随分と派手に落としたのですね」


「あの、大丈夫ですか?制服とか、汚れたり……」


 散らばった僕の荷物を拾いながら、不思議そうに首を傾げた冬花さん。僕はそんなことよりも、冬花さんがこんなことをしていていいのだろうかと不安になってしまった。スカートの裾だって、地面について砂まみれになりそうだ。


「大丈夫です、むしろ2人で拾った方が五十嵐くんと早く部室に行けて私としては幸せな限りですよ」


 いつも通り表情を崩さずに淡々と冬花さんは言った。僕は思わずその横顔に見とれてしまう。そんなことを平気で言ってのける彼女の心に見とれてしまう。


「私としては、五十嵐くんと2人でいられる時間が増えて嬉しかったりしますし……。ここにいらっしゃることに気づけて、良かったです」


 その瞬間、僕に視線をくれた冬花さんの口元が少しだけ。ほんの少しだけ、緩んだような気がした。それが冬花さんの笑顔だったりするのかもしれない。


「さあ、早く拾って部活に参りましょう」


 そして、何事も無かったかのように無表情に戻った冬花さんはそのあとも黙々と僕の荷物を拾ってくれた。全て拾い終わり、2人で喜びあったあと部活に向かうことにした。冬花さんの新しい表情にドキッとしたことは伝えられなかったけれど。


 ▼▽


「それは災難だったね。それで、今日の初めは雪白さんと2人で遅れて来たんだ」


 僕の目の前に座る男子生徒が納得したように頷きながら言った。落ち着いて、コーヒーを飲む様子はまさに常連。そこに座っていたのはすなわち、冬花さんの常連である流星さんである。


「まあ、そんな感じっすね」


「どうりで、いつも綺麗な雪白さんの制服が汚れてるもんな。ていうか、お前といるだけで雪白さんが汚れるんじゃないか?」


 僕のことを嫌っているであろう流星さんが、何故僕とのツーショットを希望したのか。つまりは、僕自身に問い詰めたいことがあったのだろうと僕なりに解釈していた。そして、今のこの状況は会話というより尋問のようだった。


「雪白さんの特別になれたなんて思うなよ?部活の新人で、何事も半人前だから気を使って貰ってるだけだと弁えろ」


 耳元で囁かれる。別に僕は、冬花さんの特別になれただなんて思っていない。思い上がりもいい所だし、僕自身が冬花さんにどう思われていようが特に興味もなかったし。


「これ以上雪白さんの周りをうろつくと今度は何が起こるか分からないぞ?」


「え……」


 半ば脅しのような言葉に僕は流星さんの顔を見る。僕はこの場を離れた方がいいのだろう。元々、僕の平穏な日々はこの部に入ってから崩れたと言っても過言では無いのだから。 

 

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