第8話 新属性=男の娘

「智くん、きゃわ〜♡」


「思わぬ掘り出し物、ってやつかしら?」


「これなら接客もいけそうだよね〜」


 部員たちが僕を見て言う。いや、僕は断じて……断じてこの格好をし続けるとは言っていないぞ……?なんで女子、これはいわゆる男の娘……。


「五十嵐くん、接客をしてみませんか?そうですね、接客をしてくださったら特別に私の仮眠用に隠していた極上ソファを使う権利を差し上げます」


 冬花さんが真剣な顔で尋ねてくる。そして、その交換条件はなかなかに魅力的だった。でも、だからって僕に女装の趣味は……。


「五十嵐くんと接客がしたいんです……!」


 冬花さんが上目遣いで見てくる。さっきも思ったけれど、冬花さんの上目遣いが無効果なわけないじゃないか。今もバッチリと心臓を射抜かれ、断るはずだったお願いを引き受けようとしてしまっているのだから。


▼▽


「トモキ、休みの日は何をしてるの?」


 放課後の解決部の部室。僕はウィッグに女子生徒用の制服、メイクを施して椅子に座っていた。周りには物珍しいものを見る目というか、輝く瞳で僕を見つめる男子生徒たち。


「女装は初めてって、本当か?」


「にしては、似合いすぎてるというか。違和感がないというか」


 視線に包まれるのは苦手だ。注目に晒されるのがまず疲れるのに、慣れない格好だから余計に。でも何故か女子っぽく見えるような所作になってしまう。


 女子は普段からこんなに気を使って生きているのかと思うと頭が下がる思いだった。最近は、男の娘という属性も男子から人気があるらしい。それだからこそ、僕にここまでの客が着いている。


「入部のきっかけは雪白さんのスカウトなんだろ?」


「ですね、そうじゃなきゃこんな部活……」


 そうだ、これは全て仮眠のため。これが終わったら仮眠。夢と希望に満ち溢れた仮眠の時間……!


 自分を鼓舞して、引き攣りかけた笑顔を自然に見えるように戻す。好き好んでこの部に入っている訳では無い。それでも僕は、校内の最高の寝場所を確保するべく頑張らねばならないのだ。


「あ、これ……」


 男子生徒のポケットから落ちたらしいペンを拾い上げる。困った時は上目遣い。冬花さんからの大切な教えだ。


「落としましたよ?」


「お、おう……」


 男子はしどろもどろしながら僕からペンを受け取った。上目遣いはちゃんとできていただろうか。男子から見たどんな女子が可愛いのかは分かるけれど、それを再現出来ているかと問われれば答えは否だ。


「むむ……。結構好感触ですね」


「そーだね〜。清楚キャラは受けがいいんだよ、冬花センパイ」


 僕の姿を見て、冬花さんとボクっ娘がそんな会話をしていたなんて知らなかった。というか、見られていることにすら気づいていなかったのだ。その時はとにかく接客に夢中だった。


「親父さんが亡くなって、お袋さんと二人暮らしか。それはまた、苦労人だね」


「いえ、僕は不自由なく過ごさせてもらってるんです。頑張ってくれているのは母で……」


 僕の家庭事情を聞いて、共感するように話す男子に首を振る。片親だと感じないようにと、母親ができることはなんでもやらせてくれた。だから僕は気遣われるのが苦手なのだろう。


「父と母はずっと仲良しでした。父が亡くなってからも、あんな人にはもう二度と出会えないって毎日のように母は言います」


 気遣われるような心配がないくらい、僕は幸せものだった。ただ少し静かな場所でくつろぎたいだけなのだ。毎日のように聞く、母の父への愛は本物だったし。


「僕はそんな話を聞きながら、両親に思いを馳せながら幸せな気持ちになったりします」


 男子生徒も真剣に話を聞いてくれる。こんな僕の話なんて聞いていたってつまらないだろうに。でもせっかくだからここは話させてもらおう。


「だから僕もいつかそんな人に出会えたらいいなと思います」


 もちろん今はそんな気は一切無いけれど。恋愛対象は女子だと思うのだけれど、特別な感情とかを抱いたことが無いし。ずっと先の話になるだろう。


「これはとんだ大型新人ですね」


「ボクはこういう面白いこと大好きだよ?」


「な、なんか思ってた加わり方とは違うけどね」


 男子たちが話を聞いてくれるものだから、つい話しすぎてしまった。その様子を遠くからみんなが見ていたなんて予想もつくまい。というか、見ている暇があるなら助けて欲しいものだけれど。


「雪白さん、君のお客さんは俺のはずなんだけどな〜?」


「すみません、職務を疎かにしてはいけませんね。つい、可愛い可愛い新人が気になってしまいまして」


 冬花さんの常連(だと思われる男子)がまた来ていた。背を向けて、僕の様子を見ていたらしい冬花さんの髪の毛をくるくるとしながら声をかけている。冬花さんはさりげなくその手を払いながら、姿勢を正した。


「雪白さんが、1人の男に肩入れするなんて珍しいね」


「そうでしょうか、部員ですからね」


 まるで冬花さんのことならなんでも知っていると言うがごとく、男子は言う。冬花さんはそれを軽くあしらっているけれど。仲は……いい?のだろうか?

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