第7話 双子と変身

「それは聞き捨てならない事実ですね。是非、この目で見届けたいです」


「いえ、そんな大層なものでは……」


 冬花さんに迫られて僕は後ずさりする。過度な期待をかけられるのも疲れる。というか、冬花さんほどの美少女が僕なんかのことを観察していたって面白いことなどないだろう。


「冬花は全然五十嵐のツボを押さえてないわよね、夏澄」


「そうだね、やっぱり心と心で通じあってる夏澄たちとじゃないと、夏織」


 そんな冬花さんと僕を見て、双子が言った。僕のツボなんて自分でも把握していないんだが……。そして、いつ僕と心と心で通じあったんだろうか……。


「人間っていうものは対称なものが好きなのよ。最近は非対称を愛でる文化もあるけれど、それは対称への愛が前提としてあってこそ」


「私たちみたいな双子はその人間の本能的な部分を刺激することができる。そう、智季くんのも。ね?」


 並んで演説する双子たち。うん、そんなふうに人の顔を分析したことがないから分からないけれどそうなんだろうか。まあ、ラノベとかの登場人物にも双子キャラってのは多いけれど。


「それでもって、ツンデレとヤンデレというキャラを生かした三角関係の構図」


「夏織のはキャラかもだけど、私は本気だよ??」


 双子は僕を挟んで言った。右腕に夏織が、左腕に夏澄が腕を絡めてきて胸が押し当てられている。胸の大きさまで一緒なのか……などとくだらないことを考えてしまう。


「「こんな感じで各自それなりのキャラを持ってるわけだけど、そういうのないもんね?」」


「まあ、男子生徒である時点で接客には期待して居ないのですが……」


 双子と冬花さんが僕をまじまじと見つめる。見つめていたって、何が思いつくと言うのだろうか。僕はこのまま給仕係で十分なのだけれど。


「女性客の相手をする、というのは私の癇に障りますしね……。こういうのを被せてみる、というのはどうでしょうか」


「……なんか、ものすごく嫌な予感がするんですが……」


 女性客の相手をするのも面倒そうだが、それ以上に面倒なことになりそうなものを被せられた気がした。はて、僕の頭には何が乗っかっている?それは、僕の少ない男としての尊厳を損なうものではないか?


「あの、何か反応してもらっていいですか??」


 僕は唖然としながら僕を見つめている部員たちに言った。被せるだけ被せて無反応は、あまりにも無責任というものでは無いだろうか。というか、早く外してくれ。


「夏織、夏澄」


「はいはーい」


 冬花さんが凛とした声で、双子の名前を呼ぶ。その声に反応した双子たちは何やらメイク道具のようなものを持っていた。ん?何が行われようとしている?


「彩芽は女子用の制服を一組、五十嵐くんのサイズに合うように。夜宵先輩は髪ゴムを持っていらっしゃったらお貸し頂きたいです」


 テキパキとした冬花さんの指示にみんなが動き出す。ボクっ娘は被服室に走っていったし、クールビューティ先輩はカバンを漁っている。僕だけが、いやもう1人置いていかれている人がいる。


「雪ちゃん、私は私はぁ〜?」


「紅音先輩は、ゆっくり休んでいただいて結構ですよ」


 やる気満々と言った様子で要件を聞きに来たロリ先輩は、事実上の戦力外通告を受けたらしい。若干しょぼくれながら、紅茶を嗜んでいる。と、双子が僕の方へ向かってきた。


「な、何を……!?」


 双子は僕を椅子に座らせると、ブラシやらコットンやらで僕の肌に何かを塗っていく。肌に何かを塗る初めての感触に僕は硬直状態で、終わるのを待った。双子から解放されたかと思えば、女子の制服を持ったボクっ娘と黒のリボンのついた髪ゴムを持ったクールビューティ先輩に道を塞がれ――。


「冬花、さん……?」


「身支度は整いましたか?」


 着替えるように押し込められた資料準備室から冬花さんに声を掛ける。正直、僕は何をしているのか分かっていない。どうしてこんな服を着ているのか、どうしてこんなことになってしまったのか……。


「えっと……」


 僕は資料準備室から出た。茶色がかった髪の毛(ウィッグ)を黒のリボンがついた髪ゴムでひとつに結び、顔には女子さながらのメイクが施されている。そして、女子用の制服を着ていて足元はスカートだ。


「これは、なんでしょう……」


 足元がスースーするし、さっき鏡を見たけれどまるで僕ではなかった。どこかの女の子だ。しかも、結構可愛いとされるであろう部類の。


「冬花さ……」


「素敵です!!」


 これはなんだと問いただす前に、冬花さんが僕の手をぎゅっと握ってそう言った。自分では違和感しかないのだけれど……?というか、早く脱ぎたい!!


「可愛らしいですね。これなら、変に女子の人気を集めることもありませんし……お人形のようです」


 冬花さんが僕の顔を眺めて言った。そりゃあ、女の子の格好を、していたら女子人気なんて出ないでしょうが……。というか、元々女子人気なんか無いし、興味もない。僕は静かに過ごしたかっただけなのに、どうしてこうなったのでしょう。

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