第5話 ヤキモチと常連

解決部は本当に人の悩みを解決することもあるらしい。そんな依頼はなかなか来ないらしいけれども。


「こちらコーヒーになりま……」


「少し、違いますね」


 放課後の僕にとっての自由時間。何故か接客の練習のようなものをさせられていた。指導係は冬花さん。


 コーヒーを置こうとした僕の手を、白くて滑らかな手で修正する。


「もう少し、笑顔を大切にした方がいいかもしれませんね」


 それ、あなたが言うか……?いつもながらに無表情で僕に笑顔が足りないと指摘してくる。あなた、接客の時もその無表情でしょうが。


「ま、まあ接客業ですもんね。愛想はいい方がいいですよね」


「違いますよ」


 冬花さんがコーヒーを自分の口に運ぶ。柔らかそうな唇がカップに当たって、僕はそれを眺めていることしか出来なかった。


「笑顔でいた方が、お客様にちやほやして頂けますから」


 それは、あなた達が美少女だからなのでは……?普通の高校ではありえない光景だと思う。複数の女子に大人数の男子が群がるこの画は。


 僕だって男にちやほやされても困るし。


「でも、五十嵐くんがちやほやされては困りますね……」


 ぼそっと冬花さんが何かを呟いたように聞こえたけれど、よく聞き取れなかった。そこまで内容に興味がある訳でもないし、深く掘り下げる必要も無いだろう。


「そして、何か困ったら上目遣いをすると大抵のお客様は許してくださいますよ」


 と言いながら冬花さんが僕に上目遣いをしてくる。はて、僕に何を許して欲しいのだろうか。というか、上目遣いだろうが上から目線だろうが僕の心は動かないのだけれど。


「なるほど……でもすみません、僕に効き目を期待するのはやめた方がいいですよ」


 親切心で言った。だって、僕は何にも興味が無いのだし。これから一緒に活動していくならそういう部分も知っておいてもらった方がいいだろう。


 そう思って言ったのに、言わない方が良かったのかもしれない。冬花さんの目が少し、切なそうに揺れた気がした。あくまで、気がしただけだけれど。


「すみません、す、少しはその……えっと……」


 全く僕も嘘が下手すぎる。人とコミュニケーションを取ってこなかったからこういう時の上手い対応が出来ないのだ。嘘も咄嗟に出てこないし。


「とぉもくんっ♪甘いものは好き?」


 効果音でもつきそうな勢いで、秋元先輩がやってきた。動く度にツインテールが揺れて、うさぎみたいだ。僕は突然の登場に驚きながらも会話をすることにした。


「いえ、どちらかと言えば辛党です」


「じゃあ、紅音とお話するぅ?」


「えっと出来れば、仮眠を取らせていただきたく……」


 本当に僕のひとつ上なのだろうか。そう思うほどに幼さを感じる。僕自身、どこからその幼さを感じるのかはよく分かっていないのだけれど。


「智くんは、紅音のこと嫌いなの……?」


「ふぁ……!?」


 上目遣いで聞かれてあたふたとしてしまった。少し潤んだ瞳で秋元先輩からされる上目遣いはなんというか……。破壊力が凄かった。


「す、少しだけなら……お付き合いします」


 僕の返答に秋元先輩は無邪気に喜んだ。そして、そんな僕たちを見て双子がため息を吐いている。


「冬花が妬いちゃうじゃない」


「今のは私でも部屋に閉じ込めたくなっちゃうかも……」


 2人の言葉にえっと後ろを振り返るとどことなく不機嫌そうな冬花さんと目が合った。


「と、冬花さん……?」


「なんでもありません。別に、私の上目遣いには効果がなくて秋元先輩の上目遣いには反応するんだなとか気にしてるわけではありません」


 そう言って、くるっと後ろを向いてしまう冬花さん。はて、どうしてそんなに不機嫌なのでしょう……?


 ▼▽


「雪白さん、聞いたよ?」


 コーヒーをブラックのまま、口に流し込む男子生徒。なんとなく、冬花さんとも距離が近そうだ。常連……?と言うやつだろうか。


「新入部員だってね。しかも、男の」


「そうですね、私の方からスカウトさせていただきました」


 頬杖をつきながら、冬花さんと話している。僕の情報までもう入ってきてるのか……。と思いながら、まあどうでもいいので給仕係を全うすることにした。


「実は前から男子部員は1人欲しいと思っていたので、五十嵐くんが引き受けて下さって良かったです」


「ふーん、俺を入れてくれても良かったのに」


 正しくは僕は自分の意思で引き受けると言った訳では無い。いや、寝る場所が欲しいから引き受けたのか。どちらにしろ希望者がいたならその人で良かったのではないかと思ってしまう。


「五十嵐くん、お仕事ご苦労様です」


 男子と話していたはずなのに、一通りの仕事を終わらせた僕に声をかけてくる冬花さん。僕はぺこりと頭を下げた。


「仮眠はまだいいのですか?」


「仕事してたら目が冴えちゃったので」


 それに他の部員が仕事をしている中、ひとりで寝るのはなんだか忍びない気がした。実際、動いていたら寝る気分じゃなくなったのも事実だ。というか……。


 冬花さんや?接客の方に集中しなくていいんだろうか。さっきから男子生徒の視線が痛いんだが……。

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