第4話 ハグと交換条件
「ふぅー、すっかり遅れちゃったっ♡」
と、無邪気に登場したのは栗色のロングヘアをツインテールにした幼さが香る女子。その後ろを静かに着いてくるのは紺髪をハーフアップにしたクールビューティな女子だ。彼女らもまた、解決部の部員であり、最高学年。秋元 紅音と星野 夜宵だ。
「紅音ちゃん、夜宵様!」
そんな2人にもやはり男子が飛びつくように群がる。そしてやはり2人ともその男子たちに全く動じるような気配がない。
「夜宵が少し遅れるって言うからひとりで来ようとしたら、道に迷っちゃってぇ」
秋元先輩が潤んだ瞳で、男子たちを見つめる。人差し指を顎に当てたりなんかして、きっと自分の可愛らしさを最大限に引き出す方法をきっと知っているに違いない。
「みんなが迎えに来てくれたら頼もしいんだけどな……?」
こてん、と首を傾げる姿に男子たちが静かに撃ち抜かれているのがわかる。僕も、あの目で見られたら少し揺らぐかも……しれなくもなくもない。
「なんか、秋元先輩って先輩っぽくないよな」
身長が低いわけでもなければ、体つきが子供っぽい訳でもない。どちらかと言えばボディラインは女性らしいという言葉が似合うだろう。
「そうでしょうか、紅音先輩はこの部の最年長ですよ」
僕のつぶやきに答えるように冬花さんが言う。年で言えば、冬花さんと僕も同い年なのだけれどとても呼び捨てにする気にはなれなかった。
「僕は1人になりたかっただけなんだけどな……」
僕は独りごちる。こんな騒がしい場所にいるはずなんかでは決してなかったのに。僕は思わずため息を吐いた。
「お家に帰るという術はなかったのですか?」
冬花さんが聞いてくる。それは普通の人でも思うであろう素朴な質問だった。
「母親が特徴的で騒がしいもので。できれば、図書室かどこかで仮眠を取りたかったんですけど」
母親は毎日毎日違う男の人を家に連れてくる。別にそれが嫌だと思ったことはないけれど、とにかく僕は静かに過ごしたいのだ。耳に入ってくる雑音や目に飛び込んでくる景色を一切遮断して。
「お母様とは不仲、ということですか?」
踏み込んだ質問をサラリと、しかも無表情でされるので深刻そうに聞かれるよりはこちらとしても助かった。無駄に同情されると、無駄な神経をこちらも使う羽目になる。
「別に不仲ってわけじゃないですよ。母親は生涯で心の底から愛する人は父親だけだと心に決めてるって言ってたし。でも、日々を生き抜くためには息抜きも必要だと思うし。僕の息抜きの仕方と母親の息抜きの仕方が違うだけであって」
確かに言葉の端々から父への愛は伝わってくる。その愛はしっかりと僕への愛としてまだ生きている。でも、ひとりで生きていくのは寂しいから友達が欲しいのだと母親はよく言う。それであの人が楽になるなら、それで僕は構わない。
「ですが、やはり気遣う部分もあるでしょう」
冬花さんが僕を気遣うように覗き込んでくる。僕は別に気遣ってはいないと思う。何より、そういうのは苦手科目だ。
「えーと、別にそんな……」
気遣われるのは苦手だ。だって、気遣われた方は気遣いを返さなくちゃいけなくなる。そういうお返しみたいなものが僕はとっても苦手なのだ。
「私で癒しになるかは分かりませんが……」
冬花さんが自信なさげに呟く。僕がなんだろうかと顔を上げると両手を広げた冬花さんと目が合った。何をしようとしている……?
「このくらいのことしかできませんが。でも、肌と肌の触れ合いは幸せを感じるホルモンを分泌させるそうですよ」
そんな科学的なことを言われたとて、僕の心臓はバクバクと正常を保った状態とは程遠くなっていた。僕はなぜだか冬花さんに抱きしめられている。
「と、冬花……さん……?」
確かに温もりを感じるし、スベスベの肌は触れていると心地いい。そして何より、胸元に感じる柔らかな弾力にさすがの僕でも意識せざるを得なくなった。どういう状況だよ……。
「すみません、私にできることをしたくなったのです」
冬花さんが少し恥ずかしそうに、僕から離れていく。そんな顔をしたいのは正直僕の方だと思うのだが……。
「それはそうと、それではこうしませんか?」
冬花さんが提案するように言う。その佇まいはしゃんとしていて、さっきまでの恥ずかしがる姿とは別人のようだ。
「五十嵐くんが仮眠を取りたい時は、この部室の隣の資料準備室にあるソファを仮眠場所として使っていい。しかし、その代わり……」
冬花さんは得意げに(多分得意げなはずだが、表情は驚くほど変わっていない)言った。ここまでの条件としては僕にとってありがたすぎるものだ。
「解決部の活動を手伝っていただきます。普段はこのような雑談のような活動ですが、また違う活動もあるのです」
解決部の活動……?じゃあ、これは本来の活動ではなくてもっと他に活動内容があるって事なのか?
「その時は、力を貸してくださいね五十嵐くん」
なんだか面倒なことになった。そんな気がしたけれど、仮眠場所の確保が僕には魅了的すぎた。
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