第3話 免罪条件:名前呼び
「お、俺は一体どうしたら……!」
双子に挟まれた男子が悩ましげな声を上げる。いや、自分が好きで来てるんじゃないのか?
「いろーんな人がいるからいろーんな人にフィットして愛されちゃってるんだよね〜、この部活。まあ1番人気はクーデレ属性の冬花ちゃんだよ」
部室を見回して引いている僕の隣に立って説明してくれる声がした。あの無表情美少女が1番人気か……。確かにさっきから神聖化されているのではないかというほど、男子たちが輝く目で彼女のことを見ているのがわかる。
「男子生徒を主にお客様にしてるから、五十嵐センパイの仕事ってないんだよね〜。だからまあ、雑用って感じ?ボクは五十嵐センパイとか別にいなくてもいいんだけど、冬花ちゃんがセンパイにこだわってちゃってるからね」
そうニコッと笑ったのは艶やかな黒髪をボブヘアにして、白のカチューシャを身につけた小柄な少女。彼女は春峰 彩芽。一人称がボクなこれまた解決部の部員である。
「そうですよ、もう部員なのですからしっかり活動してくださいね」
耳元でそんな声が聞こえて、僕はびくっと肩を波打たせた。この感情のない声は雪白部長だ。
「びっくりした」
僕は彼女から距離を取りながら、迷惑そうな視線を彼女に向けた。雪白部長ははて、と無表情ながらに不思議そうに首を傾げた。
「大半のお客様は私が顔を近づけるとお喜びになるのですが」
それはあくまで大半の男子の反応であって、僕に同じものを求めない方がいい。僕は何にも興味を抱かずにただ毎日同じことの繰り返しをしていることが好きな人種なのだから。
「そういうことにいちいち神経を使ってたら疲れるので」
普通に生活しているだけでも体力も精神力も消耗する。そこに余計な感情の動きやら騒動やら、無駄でしかない労力まで加わったら僕は3日でバテるだろう。
「だからあなた達が美少女だろうが、有名人だろうがどうでもいい。なんなら早く帰りたいんです。たとえどんなスペックを持ってようが僕には全く関係ないし」
普通の男子ならば、彼女たちに囲まれたこの生活は嬉しさ極まるものなのだろう。だがしかし、僕は早く家に帰って制服を脱いで寝たい。その欲の方が強いのだ。
「そうですね……それでこそ私が探し求めていた五十嵐くんです。私たちは日頃から人の興味の中に晒されすぎているのです」
雪白部長が心做しか目を輝かせたように見えた。彼女の表情の動きなんてほんの些細なものだし、僕は一緒にい始めてから長い訳でもないから本当にそうなのかは分からないけれど。
「あなたが私たちに興味を持たないからこそ、私はあなたに部員になって欲しいのです」
雪白部長が僕の手を取った。少し冷たくて、スベスベで、柔らかくて。自分の手とはまるで違う感触に少しだけ戸惑う。
でも、何やらこの感情に少しだけ違和感というか思うところがあるのだけれど。日頃から人とあまり会話をしてこなかったからこういう時にパッと言葉が出てこなかったりする。
「あ、わかった」
違和感の正体というか、思っていたことに当てはまる明確な答えを僕は見つけ出した。人差し指を立てて、呟いた僕に雪白部長が目線を上げる。
「入部に前向きになってくださ――」
「重いんだ。さっきから雪白部長の想いというかそれは重いですね」
僕が言うと、一瞬時が止まったかのように雪白部長もその後ろで会話を聞いていた双子も動きを止めた。そして、すっと雪白部長の目からハイライトが消える。
「冬花にそこまで言う人初めて見たわ……」
「やっぱりそうだ。五十嵐くんは、夏澄のことしか見えてないんだもんねー?」
双子が歩み寄ってきて、それぞれに言いたいことを言う。はて、僕はそんな驚かれるようなことを言っただろうか。そして、別に双子の片割れにも興味はない。
ふと、雪白部長に目線を向けると自席に戻ったようだった。優雅に紅茶を飲もうとしているけれど、その手はぷるぷると震えている。怒らせて……しまった……?
「あの、雪白部長……」
「冬花」
へ?弁解しようとすると、雪白部長が一言呟いた。それは雪白部長の下の名前である。
「部員は皆、私のことを下の名前で呼びます。五十嵐くんもそうしてください……。というか、五十嵐くんに下の名前で呼ばれたいのです……」
最後の方は声が小さくなって聞こえなかったが、とりあえず下の名前で呼んだ方がいいらしい。そのくらいのことで許されるのなら、いくらだって呼ぶけれども。
「冬花、さん?」
僕が呼ぶと、冬花さんは頬をほんのりと赤く染めた。ような気がした。そう感じたのはほんの一瞬で、次の瞬間には彼女の顔は雪のように白い肌に戻っていた。
「冬花が男に下の名前で呼ばせた……?」
「今まで、そんなこと有り得なかったのにねぇ」
「これは、ひょっとすると楽しいことになりそうだね♪」
僕と冬花さんの光景を見て、双子とボクっ娘がそんな会話を繰り広げていたなんて知る由もなく。だから別に特別なことなどとは全く思っていなかった。
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