第5話 離脱

「……いきなり乱暴ね、勇者セリオス。おかげで部屋が台無しじゃない」



 私は軽く吐息を漏らしながら、破壊された空間を一瞥する。

 斬撃の余韻がまだ漂う中、その場を支配する重苦しい沈黙は、彼の圧倒的な存在感によって染め上げられている。


 灰色がかった短髪が微かに揺れ、蒼色の瞳が鋭く私を睨んでいる。セリオスの瞳には、静かだが確実に燃え上がる怒りが宿り、その奥には絶対に揺るがぬ決意が見え隠れしていた。


 彼の怒りが静かであるほど、その深さと凄まじさが際立つ。

 冷徹な表情を保ちながらも、その瞳には、これまでの戦場をくぐり抜けてきた者特有の落ち着きと非情さが漂っている。


 だが、その鎧に刻まれた無数の傷跡が、彼がどれだけ多くの者を守ってきたかを物語っていた。そして今、その守るべき者が傷つけられたことで、彼の怒りは抑えがたいものとなっている。



「――リディアに何をした」



 低く響く声。決して揺るがぬ決意と抑えきれない怒りがその一言に込められている。その問いに答えるのは簡単だが、私は彼をさらに苛立たせることに決めた。



「まだ、何もしていないわよ。彼女には、ただ魔王様復活のために協力をお願いしていただけ。――でも、あなた、少し早く来過ぎたかしら?」



 私の言葉が彼の心を一層苛立たせるのが手に取るようにわかる。蒼い瞳が一層鋭さを増し、その光が私を刺すように見据えている。それを心地よく感じながら、私はさらに父の仇を挑発する。



「それにしても、あなたって本当にひどいわね。婚姻前の清らかな乙女に、あんな口淫を仕込むなんて。正直、驚いたわ。少し腰を抜かしそうになったもの」



 私の言葉が部屋の静寂を切り裂く。セリオスの蒼い瞳が一瞬、鋭く輝くのを見逃さなかった。その瞳の奥に潜む怒りが、理性を越えて私に向かおうとしているのが分かる。その瞬間を私は待っていた。


 彼の手が無意識に剣の柄を握り締める様子を見て、私は冷たい笑みを浮かべた。そう、彼の怒りが行動へと変わる瞬間を狙っていたのだ。



「……貴様!」



 セリオスの声が低く唸り、剣が光のように閃いた。その斬撃は、怒りを剥き出しにした彼の全力の一撃――私の存在を断ち切ろうとする強烈な意思が込められている。剣圧が空気を切り裂き、私に向かって一直線に迫ってくる。



 だが、その瞬間こそが私が待ち望んでいたものだった。



 私の微笑が深まる。まるでそれが合図だったかのように、空間をつなぐ魔術が発動する。遠隔でリディアの膣内をまさぐる感覚が私の手に伝わり、彼女の体が不意に跳ねるのを感じた。セリオスの斬撃が私に届こうとする刹那、リディアの口から甘美な嬌声が漏れた。



「あっ、んんっ……!」



 声が静寂を破る。

 セリオスの剣が届く直前、その耳に甘い声が響いた瞬間、彼の瞳が一瞬リディアに向いた。


 その一瞬を、私は決して見逃さない。



「愚かな勇者様」



 冷えた声が唇からこぼれる。セリオスがリディアに気を取られた刹那、私は彼の剣をかわし、彼の背後に回り込んだ。剣は空を切り、私を捉えることができなかった。


 紙一重だったが、うまく躱した。

 空間を跳び、一瞬で距離を取る。



「今日はここまでにしておくわ。私を追う前に、聖女様を大事にしてあげなさいね」



 私の言葉がセリオスの耳に届く。彼の焦りが手に取るように分かる。その隙を突いてさらに距離をとり、魔術でその場を離れる準備を整えた。。



「それでは、ごきげんよう、セリオス。そしてリディア。また会う日まで」



 私は冷たくも満足げに笑い、セリオスの怒りが渦巻くその場から去った。心の中で、笑みが一層冷酷さを増しているのを感じる。



――仕込みは済んだ。あとは、機会を待つだけ。



 そう決意しながら、私は闇の中へと姿を消した。



―――――――――――


 あとがき。


 第一章もこれで締めですね。次から第二章が始まります!


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