エピローグ

第1話

 毎年冬初めに行われる建国祭。


 秋に収穫した作物の実りに感謝しつつ、建国に携わったハンターたちが魔物大暴走スタンピードを無事回避したことに感謝する日として、建国日から数日間ルイーネ各地で祭り騒ぎする日だ。


 王都の街中にぎやかで、『剣盾と青い薔薇』が描かれた国旗や青色の布で模した薔薇飾りが軒先に飾られている。

 この青色の布で模した薔薇飾りは、各地にある小さな町村でもこの時期だけは飾られている。

 勿論、ハンターギルドが管理する街や村から離れたダンジョン前の受付小屋にも飾られる。

 毎年飾ることを忘れる職員もいるが、今年は漏れがないよう手渡しで届けられている。

 何なら、飾るところまで確認しろと王命が下っていた――王宮所属の騎士団に。

 巡回ついでに、各地へと確実に届けられていた。

 

 今マリナが佇むのは、本来なら行くはずのなかった王城の一角。

 政が行われる宮殿とは別の、大図書館や貴賓室が立ち並ぶ中央宮殿、一般的に“王宮”と呼ばれる一番大きな宮殿の中でも一番広い会場だ。

 絢爛豪華な内装に、美しく着飾った多くの人々がごった返している。

 魔道具の照明が煌々と焚かれているため、目に入る光が煩く感じるほど目に優しくない。

 着飾った高貴な人たちの衣装や装飾品に反射するものだから、尚目が痛いとマリナは目を閉じたかった。


 今日彼女が参加しているのは、王家主催の大夜会。

 本来、ギルド職員は仕事のため、出席義務はない。

 が、今回は違う。

 今年は五年に一度各国の重鎮が招待される大建国祭で、ハンター国家ならではのダンジョン管理部所属ハンター救助隊をお披露目する機会なのだ。


 ダンジョン管理部があっても、各国にはハンターを救助するギルド職員はいないし、ましてや彼らはルイーネのように国家公務員ではない。

 救助中に二重遭難もありえるので、他国ではハンターに救助依頼を出すのが主流である。

 しかし、建国から間もなく建てられた国立学院に貴族科・騎士科と並んで作られた管理用救助隊育成科を持つルイーネ国。

 歴史も古く実績もある国家事業に、ここ数十年ダンジョンのに気付いた各国は、目を付けたのだ。

 初めはギルド職員をどうにか出来ればと考えていた国もあったが、ハンターランクB以上且つ騎士科並みかそれ以上の訓練を受けてなるギルド職員に敵うはずもなく。

 また、ハンター上がりの職員も強さは保証されているので、職員を狙うことは早々に諦めた。

 かわりに優秀な者を留学させたり、ルイーネの貴族と縁付かせたりとしたいがため、挙って問い合わせた。

 多くの国から一挙に問い合わせがあったこともあり、外交交渉の良い機会だと考えた上層部は、この建国際に各国の重鎮を招いて一気に終わらせてしまおうと考え。

 この五年に一度の大建国祭がいつの間にか出来たのである。


 マリナはその“国家公務員メインのギルド職員ディッシュ”として、強制参加させられている。

 この強制参加も、各国の重鎮が来るため“国立学院卒の貴族に籍をおく者のみ”と限定されている。

 ハンター上がりのギルド長は根っからの平民であるし、ミラン副長はちゃっかり“貴族籍”を抜いていた。

 家族仲の良いマリナは縁切りせずに、ミランのように“貴族籍”だけ抜けばよかったのだが、うっかり忘れていたのだ。

 気付いた時には、強制参加の“お知らせ”を受け取った後。

 おかげで、見事客寄せパンダ状態だった。


 王都ギルドの代表として、また国立学院の卒業生で“現役”のマリナは人気で、家族と王家への挨拶を終えてからずーっと招待客たちに捕まっていた。

 共にいたはずの家族は、各々友人や知り合いでも見つけたのかいつの間にか離れていたようで、彼女の近くには見当たらない。

 そのため、珍しく貴族の仮面を被って、子爵令嬢らしい微笑みで対応するマリナであった。



 ◆


 夜会が始まって二時間程、躍りもせずに話続けたマリナ。

 五年に一度の大きな交渉事がメインのこの日は、ファーストダンスすら踊らない事も普通である。

 大商会のお偉いさんや商売事が軌道に乗る低位貴族が、領地持ちが多い高位貴族よりも多いのもある。

 踊らないと言っても立ち話を続けるのは、体力資本のギルド職員であるマリナでも流石に疲れるのだ。

 断りを入れ、休憩へととある一角へ歩いていく。

 マリナが脇目もふらずに向かうのは、やはり軽食が立ち並ぶテーブルであった。


 交渉事には輸出入の話もあるため、並ぶ料理も毎回違う。

 今回の夜会、三つ隣りの大帝国も参加しているためか、あるいは彼の国を交渉相手ターゲットにしているのか。

 海に面していない大帝国が手に入れたがっている、ルイーネでは漁村やダンジョン内で捕れる海の幸が多く並んでいた。


 ハーブで青く色づくシャンパンを片手に、海の幸を堪能しているマリナ。

 相変わらず食べ方は上品なのに、食べ物が彼女の口へ消えていくスピードは速い。

 先程まで遠目からでもわかるくらい見世物のように見られていたはずなのに、交渉に専念する自国の貴族や招待客たちの目には、今の黙々と食べ続けるマリナは映っていない。

 それを良いことに、マリナの顔も至福なご飯の時間にありつけて“令嬢らしい微笑み”も何処かへと出掛けて行きそうな勢いである。


 ゆるみ始める頬を何とか保ちつつ、カクテルシュリンプへ手をのばそうとしたマリナの前に、美しい所作でシュリンプの入ったカクテルグラスをかっ拐っていく手が横切った。

 グラスを目で追うマリナの表情は、餌を前に待たされる犬のようである。


「どうぞ?」


 令嬢の仮面も脱ぎ捨てて、物欲しそうな表情をするマリナにグラスを差し出したのは、昨日大人しく帰ったはずの男。

 いつも眼鏡にかかるほどの前髪を後ろへと撫で付け、今日は眼鏡すら掛けていないからか、海よりも深い青い瞳がよく見える。


 差し出されたグラスを無言で受け取り、シュリンプの一つにフォークを刺すと口へ運ぶマリナ。

 先程とは打って変わって、ゆっくりと味わうように食べ始めた。

 一応、彼女なりに話を聞こうとしているらしい。

 そんなマリナにクスリと微笑みながら、レオナードはいつもと変わらないように話し出した。


「ねえ、そろそろ俺と婚姻しない?」

「…………婚約もしていないのに?」

王子殿下おバカくんみたいな理由じゃないよ?」


 いつもよりマリナにグッと近づくレオナード。

 彼が、彼女をギルドの壁際まで追い詰めて以来の近さだ。

 二つ目のシュリンプを口に含みながら、不審そうな顔を向けてくるマリナの耳元に、レオナードはこっそりと口を開く。


「だって、――――」


 不意に顔を逸らしたマリナ。

 会場には優雅な音楽と交渉の声が響く中、マリナ以外にレオナードの声が届いた者はいない。

 そんな彼女の反応に、手応えがあったのか、レオナードの話は続く。

 いつも通りの距離感に戻って。


「それにほら、も今日で終わりだから、公爵家からは出るって決まったしさ。貴族籍は――子爵位を押し付けられちゃって抜けなかったけど、兄さんたちみたいに領地はないし。爵位なんて、あってないようなモノだよ?」


 まだ耳を赤くして戻ってこないマリナに、レオナードの自己アピールは続く。


「あと、君の好きな海老シュリンプも食べ放題! 領地なし子爵だから私も仕事を続けるし、君だってギルドを辞める必要がない。なんならギルドの従業員寮から出なくてもいいよ?」


 マリナにとって、すごく魅力的な条件が追加されていくが――。



 ……ん?

 ちょっと待て。

 ナニカチガウ。



「――それ、婚姻する必要ないのでは?」


 そう。

 条件だけ見れば、マリナにとって婚姻の必要性皆無。

 それに、この話を聞いてからテーブルを眺めると、交渉相手ターゲットは“自分マリナ”ではないかともとれる。

 今回軽食を担当したのは、王宮に勤める彼の兄の一人であったはず。


 ハーっとこれでもかと息を吐き出し、マリナはいつも通りのスピードで残りのシュリンプをたいらげた。


「あ、気づいちゃった?」

「やっぱり、真剣に考える必要はないですね。お断りします」


 残りのシャンパンも飲み干し、給仕へと空いたグラスを次々に返すマリナ。

 早くこの場を離れようと兄シモンの位置を確認しながら、マリナが足をシモンの方へ向けた――瞬間、レオナードがマリナの右手を掴んだ。

 気付いたマリナが振り向いた時には、彼が手の甲へ唇を落としているところ。


 嫌そうに睨み付けるマリナ。

 レオナードは、マリナの表情なんて会う度に鍛えられた所為か、全く気にもせず。


 手の甲から顔を離す間際に、しっかりとマリナの目を自分の瞳で捉えていたレオナード。


 その彼の表情がいつもと違って真剣そのもので。


 少しドキッとしたマリナは、顔がさっきより赤くなっている事がレオナードにバレないよう、勢いよく手を振り払ってシモンのところへと急いだ。


 レオナードからは、マリナの耳が赤いのは丸分かり。

 なんなら顔中赤く染まっているのが見えていた。

 だが、いつもの彼のからかい声が、マリナへ届くことはなかった。

 彼は彼でマリナのいつもと違う反応に、移った頬の赤みを手で隠すのに必死だったのだ。


 

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