第3話
うまうまー…………
ガチンッ
――っ!?
獲物を捕らえられなかった歯と歯がぶつかり合う音で起きたマリナ。
彼女はどうやら夢の中でも、夕食に作ったベア肉のシチューを食べていたようだ。
身支度を整えて、マリナはテントから出る。
ダンジョン内の野営でも基本警戒は怠っていないが、いつも通りランと交代で体を休めていたので、夢まで見るほどにリラックスしていた。
マリナがスッキリした顔つきでチャチャっとテントを片付けると、丁度相棒が見回りから帰ってきた。
「おっはよーラン!」
《早朝からやめんか……》
挨拶の声とともに、アイボリーのふわふわが際立つランの胸に飛び込むマリナ。
ランは諌めているよりも、平常運行のマリナに呆れていた。
実は彼、そんな何処にいてもいつも通りなマリナのことを愛らしいと思ってしまうから、傍にいると共に生きようと決めたのだった。
ある程度もふもふを堪能したマリナは、今日は直ぐに離れて朝食の準備にかかっている。
日が昇るより早く起きた彼女は、朝一で薬草採取に出掛けたいのだ。
こういうやりたい事があると、マリナの行動力はすごい。
いつも自分からやろうとしない朝食も、あっという間に準備してしまう。
軽めに朝ご飯をパパッと済ませて、ランに乗ってもう一つ上の階層へと向かった。
着いた階層は、森と言うよりも整えられた林に近い。
街道沿いを歩いているのかと錯覚してしまいそうな程整えられた道に降り、マリナは一人整然と並ぶ木々の合間に迷わず入っていった。
その彼女の後ろでは、颯爽と空へと飛び立つ相棒。
尾には、バチバチと音の鳴る光の糸を引いて。
マリナが林の中で採取している間、ランはまたしても空から辺りを探っておくようだ。
二・三時間ほど薬草を探しに探して、マリナの懐はホクホクだ。
近くに他のハンターが居なかったおかげで、受付小屋でちゃっかり受けていた依頼分とは別に、自分の分も大量に確保できていた。
大満足のマリナはランと合流するため、林の間合いにある川辺に来ている。
待ち合わせの時間まで、まだ少しある。
先にお昼の準備をしておこうと、マリナは火を焚き始めた。
昨日仕込んでおいた両手のひらサイズのベア肉を出し、一緒に挟む予定の採れたてハーブに、パンを数個マジックバッグから出す。
切り込みを入れたパンを軽く炙って、スライスした大量の肉と朝採れハーブをいくつか挟む。
これを数回繰り返し、パン全部に挟み込だマリナ。
彼女が作ると、もれなく肉まみれだ。
待っている間に一つ味見してしまおうか、いや付け合わせに簡単なスープでも作っておこうか悩んでいたマリナの背後から、コッソリと近づく影が一つ。
「ストーカーですか」
「ククッ。そんなに嫌そうな顔しないで? どうせ“彼”に付きまとわれるのも、もう終わりだからさ」
イヤ、ソッチジャナイ……
マリナの言いたい事もわかっていて、わざと知らないフリして話を続けるレオナード。
そんな彼に嫌そうな顔を隠しもせず、マリナは諦めて会話を続けた。
「…………そうですか」
「ものすごく興味なさそうだね」
「別に興味もへったくれもないですよ」
「まあまあ。ちなみに“彼”は明日の夜会後、そのまま北の辺境領へ向かう予定だよ。王妃様のご実家の辺境騎士団へ入団さ」
目の前の男も王子も興味ないが、ふと気になった事を口にするマリナ。
聞こうと思って口にしたわけではなく、ただポロッと口から零れたのだ。
「……新人ちゃんは、知っているんですかね」
「相変わらず興味ない人の名前覚えないよね、君って。あの子も色々問題があったし、近々飛ばされるらしいから知っているかもね。行き先は同じだし“運命ですね”とか言いそうじゃない?」
「彼女の想いにも応えてくれていましたしね、あの王子サマ」
心底どうでも良いが、
どうか知らないところで幸せになってくれ、と投げやりに願うのであった。
話のネタに興味をなくしていたマリナは、既に肉まみれサンドへとかぶり付いている。
結局、ランを待てずに一つだけ味見することにしたようだ。
そんな彼女を、立てている片膝に頬をつけて眺めるレオナード。
いつの間にかマリナの真横に座っている。
気持ち一人分の距離を空けて。
何事もないかのように
マリナが物を――ましてや大事な食べ物をくれるとは露ほども思っていなかったレオナードは、目をぱちくりさせながら驚いて肉まみれサンドを見つめている。
一つ丸々食べきったところでその様子に気づいたマリナは、これまた珍しく素で笑っていた。
結局、のんびりとお茶を飲むマリナの横で、レオナードは手にした肉まみれサンドを食べきった。
直後、食後のお茶まで渡してきたマリナに、驚きつつも素直に礼を言って受けとる。
それを飲み終わると、レオナードはまたねと言い、今回は大人しく去っていった。
眼鏡の縁を押し上げながら。
彼は公爵家の子息だが、学院の貴族科ではなく騎士科を出ている。
その所為か、軍馬の中でも早駆けが得意なスレイプニルを友としている。
その軍馬に、わざわざ強化魔法をかけてこのダンジョン――馬車で最低3日はかかる距離を半日で辿り着いたようだ。
滞在時間、わずか数十分のために。
そこまでして来て態々必要性のない会話をしていった彼を見送って、マリナはお茶のお代わりを淹れながら、相棒が来るのをのんびりと待つ。
程なくして来たランと一緒に用意しておいたお昼をたいらげ、食後の休憩にしばし仮眠を取り出したマリナ。
小一時間ほどで起きたマリナは、相棒と共に受付小屋へと向かう。
昨日のブラックベア大量発生の報告をしに。
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