ご飯娘の休日

第1話

「竿よーし。テントよーしっ。マジックバックにおやつよーし! しゅっぱーつッ!」


 久しぶりの連休。

 ドアの外に広がるのは快晴。

 冬に入る直前の、風が吹けばすこし肌寒いと思うくらいの気温。

 日差しだけならまだ暖かい。

 夏の暑さはとっくに過ぎ去っている。


 ダンジョンとはほぼ反対の位置にある南の街門へと、渉外の時に使う道とは違う裏道からのんびりと歩いて向かう。

 ギルドは西よりだが中央通り沿いにあるため、南の街門は意外とすぐに着く。

 ちなみに中央通り正面、北よりのライゼンデど真ん中にそびえ立つ要塞がルイーネの王城だったりする。

 ――行く機会はないが。


 マリナは全く用のない城を背に、着いた街門の門番へハンタータグを見せて外に出る。

 門番の持つ掌ほどの水晶に所属ギルドのタグを翳すだけで、外へは簡単に出られる。

 見るからに怪しい人や犯罪者登録されていたりしない限り、荷物や所持品検査はない。

 国境でもないし。


 門を潜り抜け、街壁に沿って歩く。

 人が捌けたところで、マリナは若干の準備体操。

 最後に伸びをし、首にぶら下げたタグとは別の紐を引く。

 その紐先につけた笛を軽く吹くと……ドゴンッという大きな音と共に落ちた雷。


 少し立ち上った砂煙が晴れた瞬間、目を開いた先に佇んだふさふさな毛の塊。


 マリナは、思わずその毛の塊へ抱きついた。

 バチバチと爆ぜる電気の音が耳を掠めていくが、マリナはそんなこともお構いなしに毛並みを堪能する。

 触れるとフワフワする毛並みが、肌を滑るように撫でて気持ちがいい。


 暫し毛並みを堪能していたマリナの顔が弛みきる寸前、ふさふさに埋もれていたマリナの頭へ念話テレパシーが届いた。


《マリナ。今日は何処へ行くのだ?》

「……んーっと、南の国境の街ヴェヒターの手前にある、上級ダンジョンなんだけどー」

《“だけど”なんだ?》

「もーっちょっと堪能させてッ!」

《……馬鹿言ってないで行くぞ。ほれ》

「ぅわっ、ちょっ」


 毛並み堪能を却下されたマリナは、強制的に相棒の背に乗せられる。

 そのまま有無を言わせず羽ばたいて、空を滑空していくランの姿は、雷が空を走っていくようだ。


「ちょっ、ラン! ま――」


 マリナの声は空に溶けていったが、辺りにいた者たちのほとんどが気にしていない。

 口を開けて驚いていたり、ボーッとマリナの消えた方を見上げているのは、ルイーネ国もしくは王都に初めて来た者くらい。

 門番なんてマリナが来れば恒例だと、どの方向へ消えていくのか酒代を賭けるくらいだ。

 それほどマリナがサンダーバードと空を駆ける姿は、見慣れた光景になっている。



 ◇


 朝一で出発したマリナは、光の速さで飛べる相棒のおかげで、お昼まで二時間ほど残して目的地へと到着。

 ヴェヒター管理の上級ダンジョン入り口にある、受付小屋へと入った。

 ランはマリナの背丈の二倍ほどあるので、大きなギルド以外は基本外で待つ。

 今回も外で待機のようだ。


 小屋の中は、小さな場末の酒場のような作りになっている。

 ダンジョンに入る前なのか、潜った後なのか、二つのパーティーが既に酒盛りを始めている。


 ギルドがある街から離れているダンジョンは、この受付小屋で申請せずに入ることも可能。

 だが、街から離れた受付小屋はギルド内と同じ扱いが出来るため、依頼を受けたり完了報告をしたりも出来る。

 担当者がいれば、素材の買い取りを行ったりも出来るのだ。

 そのため、無視してダンジョンに入るハンターは犯罪者等でない限りほぼいない。


 酒盛りをしているハンターたちに知っている顔がいなかったので、マリナは彼らの横を素通りしてカウンターへと向かった。


「よおーねえちゃん! 独りじゃあ寂しいだろ? 俺らと一緒に飲もーやあ、な?」

「…………」

「おいおい! 無視ってこたーねえだろ」


 酔っぱらいに関わる気もないマリナは、聞こえていないかのよう――いや、聞き流している。


 無視するマリナがカウンターの呼び鈴に手をかけようとした時、絡んできた酔っぱらいがシビレを切らして食って掛かる。


「オイッ! 無視してんじゃねえーぞッこのア、」

「はーい、そこまで」


 呼び鈴を鳴らすこともなく、奥から職員の男二人が出て来た。

 軽い態度で止めに入ったのは、女性の扱いになれてそうな雰囲気を醸し出す細っチョロい感じの男だ。

 この男、見た目に反して女嫌いで、趣味解体。

 何でもすぐに解体したがるので、解体するのは魔物だけであってほしいと、マリナは密かに思っている。


「この子ねーギルドうちの職員だから、下手すりゃ君、死ぬよ?」

「……は?」


 受付のジュールに言われたことが一瞬理解できなかったのか、酔っぱらいはただ聞き返している。

 その酔っぱらいに、マリナは出来心でチラッと睨むついでにちょっとばかし“圧”をかける。

 すると――顔を青くした酔っぱらいは、ジュールに掴まれた手を引き剥がし、股間を守りながら仲間のところまで勢い良く後ずさった。


「こらこらマリナ。遊ばないのー」

「……絡んできたのはアッチなのに。ハァー……ま、いいか。今日は解体趣味バカと戦闘趣味バカの日か」

「ひっどくね? 助けてやったのにー」

「いや、酔っぱらいアッチ助けたの間違いでしょ?」

「あははー」


 “圧”をかけられた後にこの会話を聞き、絡んでいない酔っぱらい男たちどもまで、壁際まで避難していた。

 そんな様子に呆れていると、今まで黙っていた――というより普段から無口な戦闘趣味バカの方がマリナに話しかけてきた。


「……魔道具は?」

「ハイハイ。えーっと、はいこれね」


 そう言ってマリナがマジックバッグから取り出したのは、両手のひらに乗るくらいの小さな箱。

 この中には、修理済みの魔道具が入っている。

 昨日の帰り際、休みに浮かれているところにダニエラから押し付――渡されたのだ。

 普段食堂で副マスターをしているダニエラの前職は魔道具技師だったので、ギルドの魔道具部門の仕事も兼任していたりする。

 今回はその修理済みの魔道具を、ダンジョンに遊びに行くついでに配達してこいと、マリナはおネエさまからお願いされたのだ。


「……確かに受け取った。恩に着る」

「恩に着なくていーから。ついでだったし。あと、これ副長からね」


 各ギルドと受付小屋へは通信魔石でやり取りもするが、時折ある緊急事項や重要書類は早馬で手渡しが基本だ。

 王都ギルド所属の中で現在一番速いのは、サンダーバードを連れているマリナ――とされているため、大概マリナが運ぶ。



 ホントは、副長の方が速いのに……



 ミランが転移魔法を使えることは、ギルド内でもギルド長とマリナしか知らない。

 他は知っていても国のトップくらいだ。

 近距離で転移魔法を使える人は魔法に長けている者なら珍しくないが、国を跨ぐような長距離の転移魔法を使える人物は、各国探してもそれぞれ一人か二人使えたらいい方だからだ。

 マリナが知ったのも偶々だから、文句を言わずに引き受けるのだ。

 ……愚痴はたまにこぼれていくが。


「あ、そうそう。サテュロスが数体、近隣の村で確認されているの。酒の出し惜しみしないようにって副長が」

「大丈夫さ。俺ら“酒”より“獲物”が欲しいしー」

「……間違ってもサテュロス解体しないでよ?」

「流石に、妖精族には手ぇ出さねえってー」


 後がこぇーと溢しながら、ジュールはサクッとマリナのダンジョン入り手続きをしていく。

 待っている間、マリナは壁際の飲兵衛たちをみると――聞き耳をたてながら飲みなおしていたので、ギルド職員として忠告しておく事にした。


「あなた方も、くれぐれもサテュロスには手を出さないように。その手に持つ酒さえ渡せば、血を見ることはありませんよ?」


 サテュロスは上半身が人型の山羊の妖精族で、精霊に近いため静かな山奥に住む大人しい性格だ。

 繁殖期は陽気になり、歌ったり音を奏でながら人里近くで狩りをする。

 その時、横切っただけでも人も動物も魔物も関係なく獲物を捕られると認識するらしく、その場にいるモノ全てを狩り尽くす。

 だが彼らに好物の酒を渡すと、襲われることもなく歓喜の舞を踊って巣へ帰るのだ。

 山間にある一部の村では、酒を渡す代わりに周辺の魔物からサテュロスに護ってもらう契約を結んでいるところもあるくらいだ。


 優しい口調で注意換気をするマリナに油断していた飲兵衛たちは、次第に黒い笑みを見せる彼女の先程の“圧”を思い出し、高速で頷いていた。


「あんまりハンター脅すなよ? 漏らされたら困る」

「最初に煽ったの、ジュールでしょ」


 悪びれる様子のないジュールから、マリナはギルドに持ち帰る書類とダンジョン入りの申請に使ったタグを受けとる。

 不備などサッと確認して書類はそのままマジックバッグに突っ込み、タグはシャランと音をたてて首にかけた。


「じゃ、また帰還もどる時に」

「おー。気ぃつけてーなー」


 手を振るジュールと頷くガレオに軽く手を振って、マリナは小屋を出た。

 そんなマリナを、飲兵衛たちは更に壁の隅まで下がってカタカタ言わせながら見送っている。


 マリナが小屋を出ると直ぐ、大きな毛の塊にぶつかる。

 誰も来ないのを良いことに、マリナの相棒は小屋の前を陣取っていたようだ。


「お待たせ! じゃあ、行こっか」


 もふもふの毛の間から顔をあげて、相棒にダンジョンへ向かおうと誘うマリナ。

 彼女の言葉に頷くように顔を擦り付け、一度離れたランは、マリナを乗せる姿勢になる。

 マリナはその背に、今度は自分でよじ登り、ランと共にダンジョン入り口を潜った。



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