第2話
翌日。
マリナは、珍しく朝シフトが連続している。
朝一からギルドに張り出す依頼書のいくつかある怪しい案件を裏取りした後、休憩ためにマリナはギルドの食堂へと来た。
裏取りは内と外での役割が異なる。
闇市に繋がっていたり、貴族の汚職に関わっていたりすると思われる案件を裏取りするのは、内受付。
外受付は、依頼対象物に危険がないかどうか及び対象物に違いがないかや、依頼を受けたハンターに危害が加わらないかを裏取りする。
大体は依頼受諾時に“出来ない案件”を省いているので、外の裏取りは内受付より作業が格段に少ない。
それでもたまにすり抜ける依頼があるため、その確認を交代でしているのだ。
一段落したマリナが本日のメニューを味わっていると、目の前に来なくていい男が断りもなしに座った。
「……なぜ他が空いているのに“ソコ”へ座るのですか?」
「悩めるご令嬢をお助けしようかと思ってね」
「…………悩んでもいないし“ご令嬢”でもありません。“ご令嬢”というのはあすこの新人の事ですよ、公爵家のご子息様?」
手に持っていたスプーンで、入り口付近を意味もなくウロウロしている新人を指して、言外に他を当たれと言うマリナ。
彼女は嫌そうな顔を隠しもせず、スープの続きを啜った。
本日のスープは、魔鯉の骨から出汁をとったスープ。
通常の魔鯉は泥抜き――泥を抜くため一週間ほど食べさせない――の後に熱湯をかけようがショウの根と酒等と煮込もうが、何をしても泥臭いのがとれないので食べられたモノではない。
そのため、頑丈な糸になる髭の採取だけを行うのが一般的だ。
マリナは魔鯉の泥臭さについて、マスターに一度聞いたことがあったので良く覚えている。
魔物の解体はできるが、完全に食べる専門だと言い張る彼女は、“食”に関することは一度聞いただけで覚えてしまうのだった。
今マリナが飲んでいるスープの魔鯉は産卵時期のメスで、産卵直前だけ何故か全く臭みがないから食用に向く。
不思議なことに、産卵期だけ見た目も味も“鯛”に似る。
赤みが差す身の食感は“鯛”より固め。
卵は栄養豊富であるが、食用ではなく薬の材料になる。
内蔵は廃棄してしまうのに、目玉は希少な薬に使うらしい。
体はデカいのに目玉は小さいし、産卵直前のメスからしか採れないため希少性はさらにあがると解体の爺が言っていた事を、マリナは思い出していた。
目の前に誰も座っていないかのように、スープを一人美味しく味わいきったマリナに、眼鏡の位置を直しながらレオナードは勝手に話し出した。
「ホント、君ってつれないよね~」
「…………ご用件は?」
食後のデザートのジモの実を一粒口に入れ、マリナは早く本題へ入れと目だけで促した。
「あーハイハイ。用件は、今度デ――」
「お帰りはあちらです」
「ゴメンゴメン! 冗談はさておき、本当の用件は“新人”についてだよ」
きっと彼にとって冗談ではないのだろう冗談をサクッと無視して、何処からともなくサッと紙の束を差し出すマリナ。
受け取ったレオナードは、さらっと資料を確認し終えると紙束を鞄へと収めた。
「ここ数週間の報告書です。回収には些か早くないですか」
「学院側がね、来年度の方針を決めるのに早めの報告がほしいらしくてね」
ギルドの研修中の素行や試験結果、試用期間の勤務態度など全て学院側へと報告される。
その報告書をもとに、再教育が行われるのか別の勤務地へと飛ばされるのかは、王宮の仕事になる。
何せ、学院卒のギルド職員は国家公務員であるから。
その王宮の結果を参考に、次年度の合格者をどこのギルドへ送るかが決められるのだ。
食べる手を止めていなかったマリナは本日のランチを完食し、食後の温かいお茶を口に含んだ。
話が終わったはずのレオナードは、目の前で頼んでいたお茶を勝手に飲み始めている。
何事もなかったのようにお茶を飲む男へ、マリナは掌サイズの小瓶を差し出した。
「これは?」
「“とある薬”の原料になる魔鯉の目玉です」
レオナードが手に取った小瓶には、瓶一杯の丸い粒がぎっしりと詰まっている。
それを見て、彼の顔が攣っているのも仕方がない。
「少々、量が多いと思うのは……」
「正解です。この量では二十人分、もしくは濃縮して効果アップを狙うなら五人分の量です。そしてこれが見つかったのは、とある“恋する乙女”の部屋です」
「………………」
「他に呪具や“とある薬”の追加効果狙いの材料も数点見つかっていますが、使用形跡もなく、まだ“事を起こしていない”ので」
「取り上げては見たものの、捕縛には持っていけない、と」
「そうです」
額に手を当てるレオナード。
そんな彼に見向きもせず、マリナはお茶のお代わりを注ぐ。
「これは、王宮の判断も待たずに飛ばすしかないかもね」
「まあ“恋する乙女”本人は闇取引など一切手をつけていませんし、“恋心”は本物でしょう。厄介なのは、その彼女を使ってアレコレしようとしている後ろの方々でしょうね」
「ソレ……今貰ったのに書いてなかったよね?」
お茶のお代わりを手にするマリナは、足元にある小さめのトランクをレオナードの方へ蹴った。
ゴッと言う音と共に、無言の笑顔で痛みを耐えるレオナード。
顔に出さないのは流石貴族だなあと思うマリナ。
脛にでも当たったかな? と、予想しながら。
「これは持っていってもイイのかい?」
「ドーゾ。そしてお帰りはあちらです」
笑顔で再び扉を指すマリナに礼を述べたレオナードは、珍しくサッと退散していく。
目だけで見送ったマリナは、完食したトレーをカウンターへと返して、仕事の続きのために階段を上がっていった。
あ……武器屋で手入れしてもらってる剣、そろそろ取りに行かないとな。
ふと、そんな事を思い出しながら。
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