第2話
今日の会議室は、特段人が少なかった。
いつもならマリナと同じ時間から業務に入るメンバー以外に、引き継ぎ業務中であったり、業務資料を作成したりする人もいる。
ミラン副長が組合の会合で居ないのは常であるし、本来会合へ行くはずのギルド長が朝から新人ハンターを訓練場で教育と言う名で叩きのめしているのも恒例だ。
それにしても今日は、珍しく資料作成していた二人以外まだ誰も来ていなかったのだ。
「あれ? 今日少ないね」
マリナの声に顔を上げた二人は、顔を見合わせて何とも言えない表情を作っていた。
「あー……ちょっとね」
「今日は面倒かもしれないよマリナ」
黒髪の合間から覗く猫耳をピクピク動かしているブルーナが、資料を片付けながらマリナに近づき、彼女の肩に手を置いた。
これから起こるであろう事を対処せねばならないマリナへの気遣いのつもりらしい。
だが、当の
「マリナ? おーい」
「全然聞いてないね。まあ、現実逃避したいのはわかるけど」
ブルーナが顔の前で手を振っても、マリナは依然ブルーナの尻尾をガン見している。
この二人――ハンターギルド情報管理部の中でもいつも資料ばかり作っている資料作成係なのだが、ブルーナも白うさぎの耳を持つケリーも獣人で身体能力が高い。
それを活かして情報を集めるのが得意なのだ。
貴族のゴタゴタから町民トラブル、果てはどこどこの誰それが浮気して殴られただの、ライゼンデの事なら大小関係なく毎日仕入れている。
また、
彼女たちの情報は侮れないとよく知っているマリナは、“面倒”という言葉で思考を放棄していた。
この二人が言うなら間違いないのだから。
現実逃避から戻ってこないマリナを放置して、出来立ての書類を持って部屋を出たケリー。
五分もせずに戻ってきた。
その間、ブルーナはマリナを放置して別の資料作成へと戻っていた。
戻ってきたケリーは、とりあえず立ったままのマリナを座らせ、届けた書類の代わりに持ってきたお茶を淹れる。
ボーッとするマリナを指でつついたり、お茶を飲んだりしながら、仕事を進めるブルーナとケリーだった。
◆
カップの湯気がたたなくなった頃、業務内容を確認し始めたマリナ。
彼女の今日の業務は北西門のダンジョン受付ではなく、真反対の南東5区の渉外だ。
外受付担当の仕事は、ダンジョン前以外にハンターたちが頼る商店も含まれる。
彼らが使う商店の販売状況やこれからの需要の確認をしたり、問題が起きていないかを各区画担当が確認をする。
そうして人間関係を円滑に進めたり、ダンジョン攻略への問題解決を間接的に補助するのも仕事である。
人数が少ない外受付。
マリナの担当はギルドから見た南東区画全域と広く、それを大通りに沿って五つに分けてある。
その5区にある商店を一軒ずつ廻るのが今日のマリナの業務なのだ。
時期的に追加する物は特になく、ここ最近店とハンターの間で問題も起きていない。
マリナの担当部分だけなら、今日は平和に終わるはずだ。
冷めきったカップを口にして、一息ついたマリナ。
気にしているのは、ケモ耳二人の“面倒”という言葉。
二人は教える気はないし、かと言ってマリナがずーっと考えても仕方がない。
カップ内を一気に飲み干して、そろそろ仕事へ行こうとマリナが立ち上がった――瞬間、“リリリ”と虫の鳴く声のような軽い音が室内を満たした。
会議室に置かれた通信魔石が鳴り出したのだ。
《そこにいますねマリナ。本日の業務は渉外でしたね?》
応える間もなくミランからの確認が入った。
彼はわかっていて聞いているのだ、マリナが断らないように。
間違いなく“面倒”が始まると思い、嫌々マリナは魔石に応えた。
「今日は5区に行きます」
《南1区まで通り一つでしたか。丁度良い所に行きますね》
何が丁度良いのかマリナにはわからないが、
すぐにお手上げモードになり、諦めて用件を聞くことにしたマリナ。
どうせ上司命令なら断る選択肢はないのだから。
肩を落とすマリナには見えていないが、通話に参加していない二人の耳はピクピクと小さく動いたり、長い耳をくるくると翻したりして用件を一緒に聞く姿勢である。
彼女たちは日々こうしてコッソリ情報を仕入れているのかもしれない。
マリナが聞いたミランからの用件をまとめるとこうだ。
・
・ その指導漏れハンターのやらかし
・ 更にその内受付嬢がやらかし先に勝手に出向いている――今現在。
これ以上やらかされてはギルドの信用も落ちるので、ミランが戻るまでギルド長を引きずって行ってやらかし先で回収しておくようにと。
「その相手先が南1区の魔道具専門店ですか」
《はい。よろしくお願いしますねマリナ》
「畏まりました。すぐ向かいます」
気が進まないマリナは通信を切り、仕方なく重い腰を上げた。
とりあえず新人と遊んでるアドルフを一発殴ろうと、訓練場へと向かうマリナ。
その後ろでは、ケモ耳二人が笑ったり手を胸の前で握ったりしながら、彼女を見送っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます