第3話


 頭に大きな瘤を生やした大男をズルズルと引きずってマリナが歩くのは、南1区と南東5区の間の大通り。

 流石にど真ん中は荷馬車も通って邪魔になるので、道の端を歩いていく。


 向かっている魔道具専門店はマリナがよく行く店で、小さな個人商店だ。

 こじんまりとしているが、店主自ら作る魔道具は使い勝手がよいいし、面白い品が多いのでマリナのお気に入りであった。

 その店で数日前ハンターが暴れ、店内の商品を好き勝手に壊していた。

 暴れたハンターはギルドで厳重注意を受け、副ギルド長から罰として一ヶ月の謹慎と三ヶ月の雑用を命じられている。

 現在謹慎期間中のため、彼はギルドの反省室に入れられているはずだ。


 外受付がダンジョン前以外に店を担当するのに対し、内受付はそれぞれランク毎にハンターを担当し指導する。

 またハンターランクCは一人前といわれるBになるのに必死な人が多く、なれるのとなれないのでは色々変わってくるので、新人卒はまずBになることを目指す。

 そのBランクになりたての一人が、現在謹慎中のハンター。

 彼の担当は、マリナと同じ時期に入った元ハンターの内受付嬢カロルである。


 担当ランカーがやらかしていると、そのランク全員が悪く言われたりするから、早急に対処しなければならない。

 だが今回、カロルはやらかしハンターを指導もせず、数日前の厳重注意も処分の言い渡しも全てミランが代わりに行っていた。

 更に今現在、件の店へ無断で謝罪に行っているらしいのだ。


 もともと会合の後、ミランがアドルフを連れて店主と話し合いをする予定でアポをとっていた。

 それをカロルは何を勘違いしてか――自分で出来ると思ったのか、勝手に店まで押し掛けている。

 マリナはミランが来るまでの間、アドルフを連れてカロル回収しておく事がミランから任された仕事だ。


 大通りの半分ほど行ったところで右に曲がり、ブロック一つ向こうの小さな通りを左に入ったマリナ。

 曲がる際ゴヅッと鈍い音が聞こえたが、マリナは気にするどころではなかった。

 曲がってすぐ、どこからか怒鳴り声が聞こえてきたのだ。

 どうやら一歩遅かったらしい。


「も――――んだッ! 他――が悪くないのはわかって――が、こっちだって我慢の限度がある! Bランクも除外させてもらうッ」

「そういわれ、」

「A以上にあげて頂いて構いません」


 話を遮るようにマリナが戸を開け放つと、案の定謝りに行っていたはずの赤毛の女が店主に食って掛かっている。


「マリナちゃん?」

「マリナ!? なんでアンタなんかが……」


 二人揃ってマリナの登場に目を丸くしたが、カロルは相手を“マリナ”と認識した瞬間に顔が歪んだ。

 マリナに心当たりはないが、カロルは何故かマリナの事を憎んでいるらしい。

 ギルドに入った当初からのため、マリナはカロルの態度を気にもしていない。

 それよりも今はこの店の方が大事であった。


 マリナは右手の“荷物”をポイッと店内へ投げ入れ、引きずられて泥だらけの“荷物”を睨み付けた。


「……ギルド長。彼女のも三度目です」

「ゴホッ。まっマリナ、しか、」

「ハーゲンの店は数日前にも迷惑を被っています。大体、この辺り一帯は元々A以上推奨店が多いですが、の所為で推奨ランクをあげたところもあるのです」

「あ、ああ……」

「ここを同じようにしても、一つ通りが変わればBランク推奨店が多数ありますので何ら問題はありません。もう一度言いますが、“三度目”です! 諦めろックズ長」


 つい本音が漏れたマリナだが、アドルフは気にするどころではない。

 店に入れるランカーが変わると、困るのはハンター側でしかないのだ。

 けれど、カロルので店側が迷惑を受けるのも“三度目”なのだ。

 ここでゴネてハンターが一切入れない店になるととてつもなく困るので、アドルフはA以上だけでも入れることに良しとするしかなかった。


 なのに、ギルド長が納得したにも関わらず、反論する者もここにはいるわけで。

 カロルは頭の高い位置で束ねた赤毛を振り乱し、今度はマリナに食って掛かってきた。


「ちょっとッ! アンタなんかにそんな権限ないでしょッ!!」

「まあまあカロル。今は先にやる事があるだろ? な?」

「――っ! も、もうし訳ありませんでしたッ」


 一体それは誰に対しての謝罪なのか。

 ギルド長に頭を撫でられた恥ずかしさからか、はたまた意中のあいてが髪に触れたからなのか、顔を自身の髪に負けないくらい真っ赤にしたカロル。

 とりあえず謝罪の言葉は口にしたが、顔まで赤い彼女は赤い髪まで靡かせてギルド方向へ走り去った。


 カロルが店の外へ出たし、走って行ったのはギルドの方だ。

 一応回収は済んだということで、マリナは店主にこの後ミランが来る旨を伝えた。

 そのまま彼女はアドルフを残して魔道具専門店から出る。


 ふとマリナが見上げれば、彼女の瞳に映る空は、業務前に飲んだ青いソーダに生クリームを溶かしたような薄雲がかった水色の空。

 天気は晴れているのに、いまいちパッとしない空だ。

 まるで今の自分の気分そのものだと思うマリナは、自分の担当区画へと歩いて行く。



 あの店お気に入りなのにな……。

 A以上か。

 メンドクサー……。



 面倒がってランクアップ試験を受けていなかったマリナは、ハーゲンの店へ行くために試験を受けるしかない事に項垂れた。



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