青薔薇のソーダ割り

第1話

 昨日もご飯を食べ損ねてしまったマリナは、今日も早めに食堂へと来ていた。

 そそくさと注文をしようとカウンターに顔を出したマリナへ、一つのフルートグラスが差し出された。

 グラスの中は澄んだ湖面のような美しい青色で、小さな気泡がシュワシュワと音をたてている。


「あれ? 今日何かお祝い事でもありましたっけ?」


 ルイーネでは国の成り立ちにより、ハンターたちの習慣を多く取り込まれている。

 貴族の当主なんかは、ハンター資格を持った者の中でクラス上位の者が継ぐ。

 王族も然りで、有事の際は王自ら出ていくくらいだ。


 この青い飲み物――通称ブルーローズは、ルイーネでは国の大きな慶事や個人の小さな祝い事等の際に飲む。

 もとは、この世には存在していないとされた青い薔薇を見つけたのがハンターであったとか、攻略不可能とされたダンジョンをクリアしたハンターたちが最下層で見たのは一面に咲く青い薔薇であったとか。

 魔物大暴走スタンピードを抑えたハンターたちが町を復興している際、元は花屋であっただろう家屋を修繕のために退かせた場所に落ちていた白い薔薇が飛び散った魔物の体液で青く染まっていた……等々。

 ハンターに纏わる話には必ず“青い薔薇”が登場するのだ。

 だからハンターの国ルイーネの旗も『剣盾と青い薔薇』が印されており、何時しか大なり小なり関係なく何かの祝い事の時は“青い色の飲み物”を飲むようになっていた。



「いや。昨日また口説かれてたから『○○回目おめでとう』と」


 マリナの前で妖艶な笑みを向ける彼――いや彼女は、ギルド内食堂の副マスターなおネエさま。

 食いっぱぐれる事が多いマリナに、仕方がないなとよく賄いを作ってくれるダニエラ姐さんだ。


 ダニエラが厳つい体に似合わず、美しいかんばせに似合う柔らかな仕草で、マリナの持つフルートグラスを指差しながらコッソリと溢した言葉。

 頼んだメニューを待つ間手持ちぶさたのため、綺麗な青色の液体を口へと運んでいたマリナに一撃を与えるには充分だった。


「――っ」


 ゴキュンとスゴい音をたててしまったけど、吹き出さなかった私褒めてほしいわ。

 ハァー……。



 口説かれてないわ! とマリナが抗議するも、からかったダニエラがフフッと微笑んでさらっと流すのはいつも通り。

 マリナは不機嫌に口を尖らせながら、グラスをカウンターへ置いた。


「……『○○回目』って数えるつもりもないのに?」

「いいじゃないの。“おいしい話”が好きなんだから」

「あんまりそーいう事言ってると、お土産あげないですよ」

「お土産?」


 マリナがマジックバッグから取り出したのは、中階層でしかとれないコーダタの花とラフィの実。

 美意識が高いダニエラは、伝で手に入れた酒とコーダタの花とラフィの実を使って、自家製化粧水を作っているらしいのだ。

 一度貰ったマリナだが、彼女には合わなくて自分で別のを作ってたりする。

 そう。

 マリアは昨日の“やりたい放題”中にお土産をちゃっかり採取していたのだ。


「昨日の中階そ――」

「ゴメンナサイッ! くださいッ!!」


 マリナの話し始めに、既に頭を下げていたダニエラ。

 ゴチンッといい音といっしょに。

 彼女のために中階層でマリナが採ってくるのは、彼女の必需品化粧品関係しかないので、『中』の音が聞こえた瞬間に頭がカウンターを直撃していた。

 最早“反射”に近かった。

 それを見て、目を丸くするマリナ。

 驚いたが、いつもの事だなと空になったグラスを掲げた。


「じゃあ、お代としてもう一杯く~ださいな」

「お祝いじゃないのに?」

「いーの。だってネエさんのカクテルが美味しいのが悪いんですよーだ」


 マリナは、酔っぱらっているのか“べー”と舌を出しながら楽しそうに笑っている。


「あんた、ソレお酒入ってないわよ?」

「知ってるー」


 精神的に疲れていたマリナ。

 テンションをあげないとこの後の仕事ができないと思って、気分をあげてくれたダニエラにただ構ってほしかったのだ。


 お代わりの青いジュースと本日のメニュー、葉野菜はどこにいったのかと言うほどの肉盛りローストビーフを挟んだサンドウィッチをトレーにのせ、ダニエラはマリナに差し出す。

 受け取ったマリナは肉盛りに目を輝かせて、スキップしそうな勢いでカウンターから離れた。


 肉盛りを口にし、中の酸味のあるソースが肉の甘味を引き立てているのを感じ、マリナは美味しさに悶えていた。

 味を噛み締めている時、足先が器用にステップを踏んでいるのだが、本人マリナは全く気づいていない。

 気づいているのは、食堂の入り具合を確認していたダニエラとマリナを見つめていたいつもの野郎共だ。

 食べるのに集中していたマリナは、既に二つの大きなサンドウィッチの最後の一口を口にいれ、ナゼか祈るようなポーズで噛み締めている。



 相変わらず食べるのが早いわね……



 ダニエラがマリナの食べっぷりに感心していると、先程まで話題にしていた男がギルドに入ってきたのを目端にとらえた。

 マリナは気づいておらず、彼女の瞳は目の前の青色のソーダに釘付けだ。



 そーいえば、在学期間が被ったのは一年だけだったっけ……



 ボーッと青色を見つめていた所為か、先程ダニエラとの話の所為なのか、マリナはふと学院時代に会ったことがあったななんて思い出していた。


 黒髪に青い瞳。

 色鮮やかな青い薔薇よりも夜の月明かりを浴びた海のような深い青色が、とても綺麗だと思った。



 ……思った?



 夢現を行ったり来たりしていたマリナは、ハッと急激に覚醒した。

 彼女が綺麗だと見ていたのは、当たり前のように座ってマリナを見つめるヤツの瞳だったのだ。


「………………何?」

「用がなかったら、会いに来てはダメなの?」


 業務前に会うとか不吉でしかない。



 レオナードへの返答はせず、何事もなかったのように食べ終えたトレーをカウンターへと返したマリナ。

 用もないのに付いてきそうなレオナードに視線で付いてくるなと睨み付け、足早に会議室へと向かった。

 今日は何も起こりませんようにと切に願いながら。



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