第2話
「や――っと来たな!」
王子の周りは死屍累々のような近衛の人たち。
彼のムチャ振りに応えたのか、背負って走ったり、走りながら討伐したりでもしたのだろう。
一人元気な王子以外、鍛えているはずの騎士たちが倒れたり、肩で息をしている。
そんな中を歩くマリナが肩で息する必要もないのは、ダンジョンの各階層の中ボス階に設置してある転移陣を使用しているから。
外受付は救助も仕事の内のため、一定人数転移できる転移陣のある階層まで自ら攻略しておく必要があるのだ。
マリナは今回も、いや毎回仕事時は使っている。
マリナはこういう時のための通信用魔石に、内心ものすごーく使いたくないが、不快そうな顔で仕方なしに魔力を流す。
しばらく淡い黄色の光が光った後、赤色に変化した通信用魔石。
これで通信相手に“何かがあった”事は伝わった。
これは、通信相手が“ど――しても話したくないマリナ用”として渡してあった“特別製”だ。
通常の通信用魔石は、ギルド直のと同じように“通話する”必要がある。
魔石が光ったのを確認したマリナは、待っている間ギャンギャン自分勝手に話す王子に、興味本意で口にしてみた。
「一つ、伺いますが……何故“
「なんだ、そんなことか。その辺にいる令嬢より、お前のその“髪”が欲しいのさ」
マリナの髪は、ブロンドや茶髪、黒髪でほぼ人口全体を占めるルイーネ王国では確かに珍しい。
珍しいが、全くいないわけではない。
現に、彼女の一族は黒っぽい銀髪から白髪に近い銀髪ばかり。
その中でもマリナの髪は、ほぼ白髪に近い。
父が白系銀髪、母がプラチナブロンド。
マリナは、必然的に白髪に近い銀髪になった。
もちろん、彼女に瓜二つと言っていいほどよく似ている彼女の兄も、同じ白髪に近い銀髪である。
結局
と、物珍しいから欲しいだけの返答に、聞かなければよかったと思うマリナだった。
「……確かに珍しい色ですが、父も兄も同じ色ですよ」
「男に興味はないっ!」
そりゃそうだろうが、
話ながら倒れていた面々に回復用のポーションを配っていたマリナは、近づこうとする王子に気付かれないよう距離を一定に保っている。
距離が詰まり、それからコッソリ離れたり。
王子とマリナの地味な追いかけっこ状態が、割りと長い時間続いていた。
――かれこれ三十分程繰り返していれば、ストレスが溜まりにたまってしまうのも頷ける。
イライラは既にMAX。
さらに追加でストレスゲージがピークに達したマリナは、プチッという何かが切れる音とともに王子に向けて魔法を放つ瞬間――左手首を後ろから掴まれた。
左手のひらで展開していた魔法は四散。
手首を後ろに引かれ、バランスを崩したマリナは手首を掴む相手にもたれ掛かる状態に。
「流石に
不本意な状態で、マリナの耳元に落ちてきた声。
この後、王子を回収しに来た彼の側近レオナードは、怒りゲージが振りきれてるマリナの
綺麗な紅葉が左頬についても、彼はマリナに文句を言うでもなく。
いい笑顔のまま、王子と王子についていた近衛たちを回収して帰った。
どっと疲れたマリナは、気分転換に今いるエリア内で
気の済むまでやりきってからギルドに直帰した。
業務中に業務外の“やりたい放題”は当然良いわけもなく。
バレたマリナは、ギルド入り口で待っていたミランにこってり絞られた。
そのまま休憩もなしに会議室へ連れていかれ、今回の状況などの業務報告をすることになる。
◇
「今回は(回収に)遅れてごめんね」
マリナへ近付く男の左頬には、あったはずの紅葉は綺麗になくなっていた。
「……そう思うなら、“彼”を外へ出さないことをお薦めいたしますよ」
「厳しいなあ」
ちっとも反省してない。
反省と業務報告で鎮まっていたマリナのイライラゲージは、またどんどん増えていく。
「そうそう! これはお詫びね」
「受け取りはし、」
マリナの次に続く言葉は、レオナードの指先によって遮られた。
「それともココにの方が良かった?」
男は眼鏡を外しながら、更に詰めてくる距離。
マリナの背は壁だから、逃げ道はない。
マリナは目の前の男に、いつの間にか壁際まで追いやられていたのだ。
コイツ……面白がってやってるから、睨むと喜ぶのだ。
このヘンタイめっ。
睨む以外の選択肢は目をそらすしかない訳で……マリナが目をそらしたら、彼女の耳に息が吹きかかった。
チュッとわざとらしいリップ音をマリナの耳に残して、直ぐ離れたレオナード。
離れ際、マリナの手にはしっかりと“お詫び”を握らされていた。
不快だという顔を隠しもしないマリナが手元に目をやると、お詫びとはナツメヤシの描かれた小さな缶だった。
最近王都に住むご令嬢のお茶会やちょっと裕福な商人たちの手土産に人気の商品で、中々手に入らないと
ルイーネでは高給取りに入る受付嬢たちが手に入らないモノを易々と手渡してくるあたり、流石お貴族サマだなと思うマリナ。
私に関わりさえしなければ、このルックスに甘い言葉で相当モテるのだろうに……残念なヤツだ。
マリナはナゼかいい笑顔をむけてくる男を、ダメな子を見るような目で見ていた。
ちょっと機嫌が良くなったマリナは、手にした缶を誰にも見られないうちにそっとポケットへ忍ばせる。
だって“お菓子に罪はない”のだ。
レオナードはそれじゃあと、眼鏡をかけ直してそのまま颯爽とギルドを出ていった。
そう、ここギルド。
今の一連の流れは、ギルド内にいた全員に見られていたのだ。
「………………大丈夫か?」
そう思うなら、早々に助けてほしかった。
だって、彼は会議が終わって階段を降りきったところ――レオナードに捕まる瞬間まで、マリナの隣にいたのだから。
盛大にため息をついて、恨めしそうにアドルフを睨んでからマリナは足早に帰宅した。
早くギルド外へ出ないと、さっきまでキャーキャーしてた夜勤の
これ以上仕事以外で疲れたくないんだよッ。
ちょっと高級なおやつを手に入れたマリナだが、結局この日もご飯を食べ損ねたのだった。
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