デートとデーツ

第1話

「今日こそッ、このオレサマとデートしろ!」

「……緊急案件ではないのでしたら、ダンジョン攻略以外の方はお退きください。皆様へめいわ、」

「そんな戯れ言はいいから、行くぞッ」

「…………」


 スンとした顔になるマリナ。


 そんなマリナに構わず、よく来る迷惑な男は無理矢理手を取ろうとする。

 が、毎度の事で慣れているマリナは体を傾けるだけでサッとかわしていた。


 この男、実はこの国の第三王子。

 もちろん、彼の後ろには数名の厳つい騎士ごえいもいる。

 大人数がダンジョン前受付に押し寄せていた。

 ……ハンターでもないし、ダンジョン攻略に行く訳でもないのに。


 愛想笑いすらしないマリナは、ナゼか王子サマに好かれている……らしい。

 らしいというのも、マリナには助けたり関わったりと言う心当たりが全くなく。

 なのに、王子はある日突然ダンジョン受付に来てマリナを口説きだしたのだ。

 今のように。


 よく知りもしない、知りたくもない王子ヤロウに口説かれるのも、業務に支障を来す行為をするヤツもマリナには必要なく。

 邪魔な王子の所為で後ろが詰まるから、マリナ的には早く退いてほしいと顔に出ていた。


 彼女が口説かれている? 間も、“ホンモノ”の緊急案件が待ってくれるわけでもない訳で。

 相変わらず可愛らしい“ピィピィ”というアラームが、急に鳴り出した。


 とりあえず目の前の王子サマは一旦置いておくことにし、マリナはギルド直の通信魔石に魔力を流した。


「……緊急事態発生です。業務交代願います」

「こちらはお任せください」


 今回すっ飛んできてくれたのは、ミラン副長。

 大男バカは“王子がいる”のが見えた瞬間に、回れ右して走っていったのがマリナには見えていた。



 あとで副長に怒られたらいいんだ。アノヤロー。



 準備体操と軽く案件内容の確認をとると、ミランにその場を任せたマリナは、王子の横を素早く駈けていった。

 後ろから「あ、い…………った!」とか何とか吠えているようだったが、救助しごとモードになっているマリナには聞こえていなかった。

 


 ◇


 本日の業務場所は、中層階に広がる大海原。


 海に入らなくても下層へいけるが、海に居る魔物が落とすドロップ品は高く売れるから入る者も多い。

 そして、溺れる。

 この階層、泳げないのに入ろうとするバカがなぜか多いのだ。


 今回の救助依頼も、信号地点から推測すると溺れた人の救助のようだった。

 さながら水難救助隊だ。



 なぜと思うのだろう?



 泳げないならここを狙わなくても、数回下の階層に狩場があるのだ。

 ギルド内情報で公開もしている。

 だから、ここばかり狙うハンターにマリナは疑問しかなかった。


 こんな事案もあるから、外受付は泳げる人しかいない。

 泳げない場合は、魔法か従魔でどうにかできれば外受付に就くことは出来る。


 国立学院生――騎士科と管理用救助隊育成科は水泳が必須のため、習得できてないと卒業できない。

 ちなみにマリナの成績は、他の必須科目よりも上である。



 そしてこのダンジョン、なぜか季節があったりする。


 今マリナが居る海階層は春。

 彼女の前に広がる海もしっかりと春の色――エメラルドブルーが輝く。

 ダンジョンの外は現在“秋”なのだが。


 広い海を背に、救助準備をするマリナ。

 といっても、彼女がするのはマジックバッグから浮き輪を出して終わり。

 救助者の位置は既に視界に捉えていた。



 あ、ブラックトラウトが跳ねた。

 あれ、この時期は美味しくないんだよなぁ。

 ダンジョン外なら旬を迎えてるから美味しいんだけど、この階層は春だから脂のってないしでイマイチ。

 あ、ジェムクラブもいる。

 あれは旬はずしてないから……捕って帰るかな。



 暢気に食へと思考を走らせる余裕があるほどマリナが切羽詰まっていないのは、戦闘する必要がある魔物もいなければ、今回の救助者がきちんとダンジョン説明を聞いている者たちだと気付いたからだ。


 この階層の必要事項は、溺れたら“荷物を捨て、力を抜いて動くな”。


 救助要請者たちは、マリナが見える範囲に荷物もなく、仰向けに大の字で浮いている。

 これが中々守れなかったりするから、マリナにとってこの階層は面倒でキライだったりする。

 今回は特別に捨ててしまった荷物の救助もしてあげようと、上機嫌なマリナだった。



 溺れた際、装備品の一部も荷物と一緒に落としてしまったハンターたちは、珍しく一度ギルドへ戻ると言う。

 大概は、救助されて自身に何事もなければそのまま探索へと戻る者が多い。

 潜れば潜るほど実入りがいいからだ。

 だが彼らは、マリナがで拾い上げた荷物を受け取っても、きちんと装備を整えてから再度潜ると言う。

 こういった些細な事でもきちんとしているかしていないかで、今後のランクに差が出てくるのをマリナはよく知っている。

 ダンジョン説明も確りと聞き入れていた彼らは、きっと“上級ハンター”になれるだろう。


 更に機嫌が良くなったマリナは、救助者たちと共にダンジョン入り口へ戻ることにした。



 ◇◇

 

 ギルドに戻る彼ら、C級のパーティー“竜旅人”――竜人ドラゴニュートの旅する兄弟らしい――を連れて入り口へ帰還したマリナ。

 通常ギルドでする手続きも、手続きに必要なミランがいたので、帰還ついでに入り口受付で済ませた。


 ギルドへ戻るミランに“竜旅人”を預けようと話していた時、“ピィピィ”可愛らしい音が再び鳴った。


「――救助中、中へ入ったのはコレだけですね」


 そう言って、マリナはくるくると受付名簿を手のひらで弄ばせた。

 顔は全く楽しくなさそうである。

 名簿に三つ四つと書かれたパーティー名。

 マリナがものすごく嫌そうなのは、救難信号場所が先程の階層と同じなのとたぶんが関わっていると思われるからだ。

 彼女の予想では。


「嫌かもしれないけれど、とりあえず行ってきてくれる? 竜旅人かれらはギルドに連絡しておくから、自分たちで戻ってもらうよ」


 副長じょうしに言われたら仕方がないので、仕事をするしかなく。

 マリナは盛大なため息と共に、今来た道を引き返すしかなかった。


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