第3話
ギルド職員の朝は早い――なんて事はない。
この国にあるハンターギルドでは朝・昼・夕・夜の四交代シフト制であるので、どちらかと言うと割りと自由だ。
マリナの出勤時間は救難信号の多い夕方をメインにしているため、昼出か夕方から出勤が多い。
今日も彼女はいつも通り昼からシフトのため、ギルド内にある食堂へ遅めの朝食兼早めの昼食――いわゆるブランチに来たのだ。
ギルド職員の社員寮は建物隣か裏手にどこも用意されているので、往来には便利である。
しかも王都ダンジョン管理部があるここ王都ギルドは、職員待遇に三食飯付きが入るのだ。
他所のギルドには中々ない。
基本の待遇は同じだがオプション待遇は領地や領主の方針によって異なるし、ダンジョンのある街や村の大きさによっても変わってくるからだ。
まあ、それだけ王都のダンジョン管理が忙しいと言うことだろうけど、食事の面倒をみてくれるなら仕事に打ち込めるのでマリナにとっては素直にありがたい事。
彼女にとってご飯が美味しいというのはかなり重要だったりするのだが、仕事を放ってまで食にのめり込んでいるわけではない。
“美味しい”というのは、あくまで“趣味”の域だ。
“食べられればそれでいい”のがマリナの基本だ。
食堂で美味しい食事にありつけることになったのは単なる偶然である。
だからお金出して外で食べるのもいいが他所でここの食堂より美味しいところに出会えてないマリナは、面倒で新店発掘も早々にやめた。
今ではギルド食堂一択だった。
昨日の救助後、後処理やら証拠書類整理やらで深夜一歩手前まで仕事をしていたため、結局マリナは夕食を食べ逃した。
その業務後、食堂で仕込み作業をしていたダニエラ姐さんに山盛りの炒飯を作ってもらったマリナは、怒りに任せて掻き込んでしまったために味わって食べれなかったのだ。
今日は、今日こそはしっかり味わって食べたい! と、マリナはいつもより少し早起きをして食堂に駆け込んだのだ。
昼食前だからか、ギルドの受付前は閑散としていた。
依頼が貼り出される朝一を狙って、多くのハンターが活動を始めるからだ。
逆に、食堂はギルド内であっても一般人にも開放しているため、早めに昼食をとりに来ている人やマリナのように遅めの朝食を食べに来た人たちで賑わっている。
賑わっていようが何しようが、マリナの視線は“本日のメニュー”と書かれた黒板一択。
ギルド職員は仕事優先のため、休日以外は並ばずして注文が出来る。
仕事内容によっては、すっ飛んで行かないといけないためだ。
業務前だが、いつ仕事に呼ばれるかわからないと言う暗黙のルールで、サッと注文を済ませたマリナ。
程なくして、彼女の前に湯気立つスープや拳大の大きな揚げ物がごろっと転がる皿を乗せたトレーが差し出された。
うっわー今日のポトフは温玉入ってる!
しかもメインは、げんこつコロッケ!
マスターのことだから、中にチーズか何か入ってるに違いないッ!
いそいそとよだれが出るのを我慢しながら、配膳されたトレーを持ってマリナは隅っこの方に移動した。
ここはハンター以外に一般人も利用しているので、職員たちは邪魔にならない端によって食べるのも暗黙のルールだったりする。
緊急事態が発生すれば文字通り飛んでいくので、残った食事が客の邪魔にならないようにしているのだ。
ここを拠点としているハンターたちや地元民も知っているので、誰かが席をたてばサッとトレーをマスターへと預けに行ってくれたりする。
おかげで、帰ってきてから温めなおせば食べられるから、ギルド職員にとってはありがたい気遣いである。
席につくと、もう既に周りが目に入っていないマリナは、黙々とブランチを食べだした。
まずはスープから。
あー温まるぅー……。
さて、特大コロッケさんのなっかっみっはー!?
お肉マシマシだあ~、あっつッ!
とろとろチーズが熱すぎて、口の中火傷する――でもうまーい!
サクッサクな衣がちょっと火傷したとこを攻撃してくるけど、おいしいから無問題っ!
食べる姿は上品なのに、食べる速度が以上に速いマリナ。
肉汁が口の端から垂れていきそうなのをそっと指先で拾って、二つ目のマスターの拳骨サイズコロッケに取りかかろうとしていた。
そんなマリナを見ていた男たちは、並んでいる者は美味しそうなメニューだと涎が垂れそうになり、女好きやマリナ狙いのハンターはマリナの仕草に頬を赤く染めていた。
――が、マリナの目には全く入っていない。
こちらの中身は、ごろっごろのイカだ!
あれ?
この間、近場の漁場でイカはクラーケンに食べられたって言ってたけど……輸入したのかな?
まあいいやと疑問はそっちのけに、イカ多めというよりほぼイカでできているコロッケへナイフを差し込んだマリナは、目の前に座るデカブツさえいなければこのまま美味しく食べられるのに……とため息をこぼした。
「よお! 昨日の件だ――」
「業務外には話しませんよ」
揚げ物に添えられたキャベコの千切りの山が、半分ほどのところで雪崩を起こし始めている。
マリナがナイフと反対の手に持っていたフォークでブスブスと差し込んでいるからだ。
「はぁ……ここ
「だーかーらッ、その新人たちがダンジョン入り再開してないのを何で知ってんだって」
「……出勤時に街門の出入記録を確認してるだけですよ」
「あ゛? んだけか?」
マリナの話を聞いても、アドルフは他に何かあるのではと納得のいかない顔をしていた。
「それだけですよ。ていうか、ギルド長なのに毎日確認しないから副長に怒られるんですよ?」
「ええ、その通りですよ」
後ろから聞こえてきた声に思わず体が反応したのか、アドルフはビクッとした拍子にテーブル下で膝を強打した。
アドルフは気づいていなかったが、ミラン副ギルド長が来るのが見えていたマリナは、アドルフと話ながら食事を中断していたのだ。
「おはようございます副長」
「お早う御座います。お食事中にすみませんねマリナ。コレは連れていきますので」
食事が終わったら副長室へ来てくれと残し、ミランは頭二つ分はちがう大男を引きずってギルドの二階へ消えていった。
一部始終を見ていた者たちは、見るからに細身の優男のどこにそんな力があったのかと、実は凄腕のハンターあがりなのか? と、各々ミランについて口にしていた。
一方マリナは、やっと目の前が静かになったなと、イカ多めというよりほぼイカでできているコロッケを一口大に切って口にしていた。
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