1章第12話 薄氷の縁で

 鱗が獲物ティナに飛びかかる。彼女は荒れる息を整え、クリスタを起動しようとするが身体がそれに応えてくれない。氷の弾丸は生成された側から崩れ落ち、発射には至らない。


「ここで終わりなの」


 ティナは弱々しく呟き、肩を落とす。ソラも懸命に走っているがどう頑張っても鱗の到達の方が早い。だが、彼女にただ死を待つという選択肢はなかった。剣を抜き、刺し違える覚悟を持つ。彼女に鱗が襲いかかる。2つが交錯するその直前——


 激しい銃撃音と共に鱗が地面に落ちた。ティナは目を見開き、音の主を探す。視線の先にいたのは見知らぬ小柄な女性だった。

 紫のワンポイントメッシュの入った灰色のボブヘアが光に反射し、薄紫の瞳が冷静に状況を見つめている。ワンピースの上に黒のパーカー付きミリタリーコートを羽織り、首元のオレンジ色のチョーカーがアクセントになっている。銃口から白煙の流れ出るアサルトライフルを構えていた。その鋭い眼差しと素早い動きは、まるでプロフェッショナルのように無駄がなく、後続の鱗を撃墜していく。アサルトライフルのボルトが後退した位置で止まった。弾切れだ。その女性はすぐにミリタリーコートをはためかせ、透け感のあるタイツに取り付けられたホルスターからサイドアームを抜く。正確無比な射撃を続け、残った鱗を全て倒し切った。


 銃か、珍しいな。ソラは心の中でそう思う。

 軽量な高純度のルイン結晶を持っていれば魔法クリスタで攻撃する選択肢があるのに重く、弾切れの問題がある銃はあまり武器として選択されない。加えて、ニッチな武器であるため、銃の製造と維持にそこそこのコストがかかる。確かに魔法クリスタにも今のソラのようにエネルギー切れのリスクがあるし、魔法クリスタを使える純度のルイン結晶もそこそこ値が張る。それでも銃が馴染みのある武器と言えるほど出回っていない。

 何か銃を使う理由があるのか?ソラは銃を持つ女性を見つめた。

 彼女はサイドアームのマガジンを抜き、新しいものと交換する。その銃には細かい傷や欠けがあり歴戦の品であることを物語っている。グリップには滑り止め、スライドにある肉抜き穴から銀に輝くバレルがのぞいている。銃に詳しくないソラでもプロが使いやすいように吟味したカスタムが施されていると分かった。アサルトライフルの方も、スコープ、ハンドガードやフォアグリップなどがカスタム化されており、持ち主と共にいくつもの戦いを切り抜けてきたことを感じさせた。女性は慣れた手つきでリロードを終わらせて、安全装置セーフティをかけた後、銃をしまった。そして、こちらに歩み寄ってきた。ティナの元に全員が集まる。


「大丈夫だった?」


 女性が首を傾げる。緊張から解放されたティナはその場にフラフラと座り込んでしまう。女性は心配そうな顔でティナを覗き込む。


「ええ、おかげで助かったわ。……でもあんたは一体?」


「私は……」


「助けてもらって悪いんだけど、移動しないと。またあれが来ると困るから」


 ソラは話をぶった斬るように言った。次、鱗の襲撃を受けて全員無事な保証はない。だからこそ、仕立て屋シュナイダーとして言わなければならないことだった。


「そうだね、この子は私が支えるから道案内をよろしく」


 そう言って女性はティナの肩を支える。ソラは問題なく移動できているか確認しつつ道案内する。女性は重みを引き受けながら一歩一歩、ソラの後を追う。連結された空間を超えて、長距離移動に成功する。手頃な建物を探し、その中に入る。女性はティナを真っ白のシーツが敷かれたベッドに横たわらせる。ようやく落ち着くことができたティナはふー、と息を長く吐いた。

 ソラたちを助けた女性はライフルを壁に立てかけティナの側に座った。灰色のボブヘアが光を受けて微かに光っている。ソラは白いカーテンを閉じて、その光を遮った。


「とりあえず、この子の応急処置をするべきだ」


 女性は横たわるティナの水色のトップスをめくり傷を確認しようとする。


「ちょっとだけ身体を起こして」


 ティナは促されるままにベッドの上に座った。女性は包帯を解き、傷口に当てられたハンカチを外した。動いていない分には出血をしている様子はない。女性はパッドを取り出して傷口に当てる。そして包帯を撒き直した。その上から回復のためのクリスタを当てる。ぼんやりとした緑の光がパッドに吸い込まれていく。


「これには麻酔やら止血剤やらが配合されてるからすぐに楽になるよ。傷もそこまでひどくないからしばらく休めば大丈夫なはず」


「どうもありがとう」


 そう言ってティナは再び横になる。その顔は安堵が浮かんでいる。


「何から何まで助かったよ。僕はホーク、彼女はティナだ」


 ソラが口を開き、自己紹介をした。


「私はエマだ。この辺りでルイン結晶の採掘してたんだけどあのちっこいのに襲われて逃げてきたら君たちを見つけたんだ。……それでね、経路計画から外れちゃって帰れないから私も君たちについていっていい?」


 エマもファルターの被害に遭ったのだろう。そして、仕立て屋シュナイダーを使わないで侵蝕区域内を行動する手段である経路計画のルートから外れてしまった。ワープを繰り返してしまえば、手がかりなしで経路上に戻るのは、何もなしで侵蝕区域から出るのと同じぐらいに難しい。言ってしまえば、エマはソラの助けなしでは侵蝕区域から出ることは厳しいということだ。


「それはもちろん問題ないけど、僕らにはまだ仕事があって……僕たちは物資を取り返さないといけないんだ」


 これは仕事について来てもらわないといけないと言う意味であった。


「コアルインズの襲撃は免責事項じゃないのか?」


 エマが首を傾げる。確かにコアルインズの襲撃はそれが予想される場合を除いて基本的に依頼失敗、放棄の責任を負わなくてよいものとされている。今回のファルターの襲撃は予想不能でラヴェジャーや仕立て屋シュナイダーに責任はない。


「それでもあたし達にはやり遂げなきゃいけない理由がある」


 ティナの言葉には覚悟がこもっていた。責任がないとか関係なくティナは2度目の失敗を回避する必要が、ラプターアイにはヴォルフからの信頼をある必要があった。

 エマは無言で考えこむ様子を見せる。


「今の私には協力以外の道はないね。手を貸すよ」


 エマは頷きを返した。


「ちょっと待ってね、今通話に招待するよ」


 ソラはウォッチアイ上で通話招待を選択し、目の前のエマに投げた。エマは素早く空中で指を動かしてそれを承認する。


「イーグル、そっちはどうだ?」


 ソラはエマが通話に加わったのを確認してからウミへ話しかけた。


『ん……ゴホゴホ』


 ウミは何かを詰まらせたような音と共に咳をする。


『ごめん、プリン食べてた。シャードもファルターの鱗から逃げ切ったみたい。あっちも相当負傷しているからしばらくは動けないはず』


「エマ、彼女はもう1人の仲間、イーグルだ。イーグル、助っ人が増えたよ」


 ソラはエマとウミの両方に両者を紹介する。

 

『うん、なんとなく聞いてたよ。よろしくね、え〜っと、なんて呼べばいい?』


「そのまま、エマって呼んで」


『じゃあ、エマさん、早速だけど作戦会議を始めよう』


 ウミがそう提案した。

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