1章第10話 コードネーム:ファルター

 粉塵から現れたのは丸みを帯びたフォルムをした灰色の龍であり、屋上からこちらを睨んでいる。その体には巨大な鱗が果実のように垂れ下がっていた。その龍こそコアルインズである。資料に書かれていたA.E.Rが名付けたコアルインズのコードネームは確かファルターだったはずだ。ファルターはA.E.Rの討伐部隊を幾度となく壊滅させた正真正銘のバケモノとして資料に記されていた。

 ファルターは大きな口を開けて咆哮を放つ。ショッピングモールの窓ガラスが全て木っ端微塵に割れ、キラキラと輝きながら地面に落ちる。手で押さえてなお鼓膜を突き破りそうな爆音が鳴り響く。

 山のように積み上がった瓦礫の向こう側からはパニックになっているシャードとアインの声が聞こえてくる。


「これは絶好の機会ね。混乱に乗じれば」


 ティナは呟き、剣を抜く。


「よせ、あれに目をつけられたら終わりだぞ」


「うるさい、あんただけ逃げればいいって言ったでしょ!」


 ティナは瓦礫のてっぺんに登り、敵へ視線を向けた。眼前には瓦礫で負傷したシャードのメンバーが担ぎ上げられ、撤退の準備を始めている姿が見える。相手にとってはこちらを倒す必要はなく、コアルインズが盾になってくれている絶好の撤退機会なのだろう


「逃すか!」


 ティナが飛び出そうとする。それを止めるようにストレイが吠えた。その場にいるすべての視線がストレイへ集まる。灰色の巨大な鱗がみるみる変色し、赤熱されたかのように真っ赤に染まり、黒く小さな翼が生えた。その鱗は弾丸のように射出された。鱗は意識を持つかのように曲がりティナへ襲いかかる。


「えっ?」


 そのあり得ない鱗の挙動に理解の遅れたティナは防御の姿勢すらとっていない。


「危ない!」


 ソラは駆け出し、クリスタを放つ。ティナの目の前で連鎖的に爆発したそれは鱗を撃墜する。しかし、それで全てを墜とすことはできない。鱗に横腹を切り裂かれたティナは瓦礫の山から落ちる。

 ソラは彼女が地面に倒れる前に身体を支え、持ち上げる。


「大丈夫か?」


「助けてなんて言ってな……痛っ」


 ティナは横腹を押さえて、顔を歪めた。ほとんどかすり傷で済んだが、横腹の傷は例外でそこそこ深い。血がポタポタと地面に垂れて小さな水溜りならぬ血溜まりを作っている。

 攻撃を終えた鱗はファルターの周りに集合している。その統率の取れた姿はまるで群知能をもつ生物のようだ。さらにファルターの飛んでいった鱗が再生し、果実を実らせていた。つまり再度、鱗が放たれる可能性があるということだ。戦闘を長引かせれば、長引かせるほど鱗の数が増え追い込まれてしまうだろう。


「ティナ、これ以上は無理だ。自分でも分かってるだろう?」


「でも、あいつらに逃げられる……」


 諦めきれないと言った表情で悔しそうに呟く。だが、仮に鱗の問題がなくとも、今の傷を負った状態ではシャードに返り討ちに合うだろう。


「イーグル、ドローンで追跡できるか?」


 ソラは通信回線を開き、ウミに尋ねる。ドローンで追いかけることができれば、逃げられるという形だけは回避できる。


『長距離移動じゃないならなんとか。でも、ドローンの操作に集中しないといけないから』


「道案内は任せて、取り敢えずこの場を離れるだけなら僕にもできる」


とソラはウミの言わんとしていることを察して食い気味に提案した。


『分かった。くれぐれも気をつけて』


 一刻を争う状況にウミは即座に彼の提案を受け入れた。


「これでいいだろ?さぁ、逃げるぞ」


 ティナはそこまで来てようやく渋々頷いた。

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