1章第8話 瞬く灯

 発電機にルイン結晶の入った容器を差し込む。真っ暗な液晶の下に取り付けられたレバーを右から順番に上へあげ、起動ボタンを押し込む。が、うんともすんとも言わない。


「ん?」


 ソラは首を傾げながらもう一度起動ボタンをきっちり押し込む。反応は無く、発電機は沈黙したままである。どうしてか、結晶の侵蝕エネルギーを吸収する仕組みが機能していないらしい。


「イーグル? 発電機が動かないんだけど理由分かる?」


 お手上げ状態のソラはウミに助けを求める。


『あー、長いこと放置されてたから起動するだけの電力がないのかも。このタイプの発電機なら側面にクリスタ用の結晶がない?』


 ソラは言われた通りに発電機の側方に周りそれらしきものを探す。黒のキャップを見つけ、それを外すとルイン結晶が現れた。クリスタ用の結晶は侵蝕症を引き起こすリスクがある一方で、物理現象を超越できるため様々な機械に組み込まれている。このキャップは侵蝕耐性の低い人が誤って触れないように保護していたものなのだろう。結晶の下には触ると危険であるという印と雷をイメージするピクトグラムが描かれていた。

 ソラは結晶に触れて、頭の中で電気、電流のイメージを浮かべる。結晶が青白く輝く。おそらく機械内部に電気が流れているのだろう。ソラのメインで使うクリスタは爆発だが、それ以外も出力は低いがイメージさえできれば扱うことができる。


「どうだ?」


 結晶から手を離さずに発電機の液晶へ視線を向ける。ほのかに明かりを取り戻していることを確認できた。

 今度こそ動かせるはずだ。

 ソラは満を持して起動ボタンを押し込む。ゴウンという唸り声と共に発電機が動作し始める。次の瞬間、灯りがが息を吹き返したかのように光り、部屋がぼんやりと明るくなる。


「ティナ、発電機が動いた」


『こっちからも予備灯の灯りが見えたわ。次は配電盤を操作して中央ホールに電気を流して』


 ソラは彼女の指示に従って配電盤を弄る。ただ、中央ホールに本当に電気が流れているかは分からない。


『ついた、ついた。待ち伏せの準備はほとんど整ったわ。こっちに戻ってきて』


「了解」


 ソラは短く答えた後、通信を切った。


 その後、ウミの案内で中央ホールまで戻ったソラはティナがいないことに気付いた。


「ティナ? どこにいる?」


 その質問の直後、鋭い閃光が落ちた。薄暗いショッピングモールに慣れた目は多くの光を吸い込み、視界が真っ白になる。ソラは反射的に目を腕で覆った。


「完璧ね」


 照明が消えると同時にティナの声が耳に入った。ソラは自分が待ち伏せの最終確認に使われたことを理解した。


「予行演習するのはいいけど事前に言ってもらえないかな」


「それじゃ、待ち伏せにならないでしょ? おかげで隙を作れることが分かったわ」


 ティナが2階の照明の裏から現れて手招きしている。ソラは少し納得いかなさげな表情を浮かべながら止まっているエスカレーターを登った。


「今から作戦を伝えるわよ」


「今の感じで待ち伏せするだけじゃ?」


 ソラが首を傾げる。


「まあ、基本はその通りね。ただ、奇襲を仕掛けるのはあたしだけ、いい?」


 また諸手で従えない提案が投げられる。ただ拒否して機嫌を損ねるのもなと考えたソラは


「ちゃんとした理由があるなら従うよ」


と返答した。

 ティナは一息空けてから


「奇襲を仕掛けて物資を奪った後、撤退する時にあんたが戦ってたんじゃ困るからよ。……ここまで手伝ってもらったのは感謝してる、それでもあたしは自分のヘマは自分で取り返すの。ここは譲れないわ」


と強い意志のこもった言葉を返した。

 後半の私情はともかく前半の話は理解できるものだった。侵蝕区域から出るにはどのみち仕立て屋シュナイダーが必要だ。目標を達した後は半グレもシャードも相手せずに撤退するのが最も現実的なプランになるのはティナと同意見だ。そのときにソラが交戦していて道案内できないなんてことになればそれこそプロ失格だろう。


「分かった、物資を取り返したらすぐに撤退することを条件に君の提案を飲むよ」


「それでいいわ。話はまとまったわね。後は待つだけ」


 そう言ったティナは照明の側の壁にもたれかかった。ソラも中央ホールから見えないところ座り込み、その時を待った。


✳︎


 しばらくして、ショッピングモールに流れていた静寂が切り裂かれた。遠くから、何人かの話し声が聞こえてきたのだ。


「これを渡せば俺たちもシャードの一員かぁ」


「アイン、あんたがこの話を持ってきた時は与太話だと思ってたがまさかこうも上手くいくとはな」


彼らは警戒する様子もなく気楽に会話をしていた。その会話の中の“アイン”というワードにティナの眉が動く。アインは彼女を裏切った仕立て屋シュナイダーの名前だ。つまり、ターゲットが来たのだ。ティナは奇襲のために照明のスイッチに手をかける。押し込む直前、


「お待ちしておりました、シャードの方々」


とアインが言ったのを聞いてティナの手が止まった。シャードのメンバーを照明トラップの内側まで来てもらわなければ奇襲の失敗確率が上がる。だが、両者が近付きすぎればそれはそれで奇襲の後、ソラ達に合流するのとが難しくなる。

 ティナはアインとシャードの距離を慎重に測りつつ、スイッチを押した。

 直後、中央ホールが真っ白に染まった。昼間の太陽が突如この場に照り付けたかのような強烈な光が広がる。光を浴びたものたちは目を押さえ、困惑の声を上げた。

 ティナは光を背に、飛び出す。革ジャンとスカートがはためく。彼女はアインに向かって一直線に飛んでいき、彼の持つハードケースに手を伸ばした。

 瞬間、1人のシャードメンバーの影が爆ぜた。瞬間移動と見紛う素早さで、一瞬見失ってしまう。次の瞬間、ティナの目の前にそれは現れた。


「ぐっ!」


 カバンに手が届く寸前でティナの身体は影に吹き飛ばされた。目が光に慣れ、次第にその姿がはっきりと見えるようになる。三度笠を被り、綺麗にまとめられた黒く長い髪をした女性が浮かび上がった。彼女は動きやすくアレンジされた藍色の着物に身を包み、足元は草履を履いている。腰には打刀と脇差の2振りが挿されていた。現代風にアレンジを受けた侍と言ったような印象を受ける風貌だ。彼女は深く被った三度笠を浅く被り直した。閃光はあの笠で防がれたのだろう。


「ご客人に手を出すのは遠慮願おうか」


 彼女の刀の鯉口が斬られ、真っ黒な鞘から僅かに覗く刀身は照明を受けて煌めいている。彼女の赤い目はヨロヨロと立ち上がるティナに向けられている。そして、その奥に隠れるようにアインたちが移動した。

 ソラは援護するために飛び出す。空中で抜刀、ティナを狙うその女に斬りかかる。


「流石に2回目は通らないよ」


 金髪の男が刃の部分が折りたたまれたノコギリのような武器でその一撃を受けた。ソラは相手を強く押し、その反動を使って距離を取った。


「危なかったねぇ、サラちゃん」


 金髪の男が笑いながら、今自分が守った女に話しかけた。


「エイデン殿、助太刀には感謝いたす……が、必要ではなかったぞ」


 サラの手にはその発言を裏付けるように刀が抜き身の状態で握られていた。誰も彼女が抜刀していたことに気付いていなかった。


「うーん、やっぱり?」


 エイデンは笑顔を張り付かせたまま呟いた。


「お前ら、お客さんをもてなしな」


 エイデンの命令に従うようにシャードのメンバーが前に出る。数人の屈強な男が刃物やバールなど思い思いの武器を構えてこちらを睨んでいる。


「拙者も出ようか」


「うーん、サラちゃんは休憩してていいよ。こんな奴らに君の手を煩わせるのは忍びないからね」


「左様か、ならば見物させていただこう」


 サラは流れるような動作で刀を鞘へ送っていく。

 ティナは相対あいたいするように2本の剣を抜いた。


「それでティナ、こっからの作戦は?」


 ソラは臨戦態勢のティナに尋ねる。彼の目は敵から一時も離れていない。


「決まってるわ、全員ぶっ飛ばすのよ」


 その言葉を合図にするかのようにギャング達がソラとティナに向かって走り出した。

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