1章第7話 結晶の欠片

 ソラが先頭に立ち、排水路を歩いて進む。湿った空気と冷たい風が頬を撫でる。足元には薄い水の層があり、足踏みのたびに小さく水がはねる音を立てる。ソラは前を向きながら地図とドローンからの観測データを照合してルインズとの急な接敵がないか細心の注意を払う。排水路を抜けると侵蝕に飲み込まれた街がそのままの形で残った姿が目に入った。多くの人の目に触れてきた場所だったからかモザイクのようになっている場所はほとんどなく完全な街の様相を見ることができる。

 空間の連結の履歴と観測された侵蝕エネルギーを照合して空間のつながりを予測し、ルート取りを決める。さらに実際に見える光景と予想される空間の連結を照らし合わせて、その予想を修正する。それに加えて適宜、更新されるデータを見て、ルートを変更する必要がある。そのため、ウミがオペレーティングしてくれる時より遥かに移動が遅い。それでも


「空間の連結の予測もルート取りも正確……あんたら自称じゃなく本当に優秀な仕立て屋シュナイダーだったのね」


とティナが感心した様子を見せる。事前のデータのみを使用する仕立て屋シュナイダーがそこそこの数いる中でリアルタイムで観測データを処理して最適なルート取りができるソラは優秀に見えたのだろう。


「今で感心してたらイーグルが本気出したら腰抜かすよ」


 ソラは褒められた照れ隠しに茶化しながら言葉を返した。ウミがオペレーターを務める関係上、彼だけが道案内することは滅多に無い。それでも、仕立て屋シュナイダーとしての腕前はまだ衰えていないようだ。


『じゃ、そろそろうちが案内するよ』


とウミが話に入ってきた。ソラは地図アプリやら観測データやらのウィンドウをさっさと閉じる。


「ここからは任せるよ」


 ソラはウミに道案内の仕事を譲る。

 そこからの道のりは先ほどまでの3倍ほどのスピードで進んでいった。まるで、道のりを熟知しているかのようなルート取りだった。ルインズとの接敵も予想外な空間移動もなく快適なものだった。


「空間の連結すら利用して……ヴォルフの奴……一体、何を拾ってきたの」


 ティナは驚愕の表情でぶつぶつと呟いている。通常の仕立て屋シュナイダーに合わせて予定を立てたので随分と時間に余裕のある到着となった。


 物資の受け渡しがされるのはショッピングモールだった。最近、ショッピングモールと縁があるなと思いつつ、建物の中に入っていった。

 中は半分廃墟、半分新品のように認知による新しい姿と現実の朽ち果てた姿の混ざり合ったような見た目になっている。吹き抜けになっているホールは待ち合わせの場所としては分かりやすく最適だろう。ホールの近くには怪物ルインズの反応も別空間との連結もなく比較的安定したエリアと言える。物資の受け渡しの時間までは数時間の余裕がある。


「よし、まずは待ち伏せの準備ね。イーグル、電源室の位置、分かる?」


『もちろん、うちの指示に従って』


 いくつかの空間移動の後、ショッピングモールの電源室の前にたどり着いた。古びた扉は重く、開けるたびに軋む音が響く。部屋の中は薄暗く、天井の一部から漏れる光だけがぼんやりとした照明となっていた。白い箱がずらりと並んでいる。


「まあ、動いているわけはないか」


 装置に軽く触ってみたが見た目は壊れていないだけでうんともすんとも言わない。電気も来てなければ、侵蝕区域特有の認知の歪みで綺麗に見えるだけで実際の装置は死んでいるのかもしれない。


「何言ってんの、見るのはこっち」


 ティナは電源室の端、壁際に置かれた他の装置とは違い、赤く塗装された装置を指差した。ソラはその装置を細かく見る。その装置にはどこか見覚えがあった。

 発電機だ。キャンピングカーの後ろに積まれた発電機のでかいバージョンだったため、なんとなく見覚えがあった。

 ティナは発電機から円筒状の部品を取り出す。中身は空だが、ソラはそこに何を入れるか知っている。


「ルイン結晶を使った発電機か」


 ソラが呟く。発掘されたルイン結晶を燃料として入れるのだ。そうすることでルイン結晶に蓄えられた侵蝕エネルギーを電力に変換できる。よくある発電機のシステムだ。


「古いけどルイン結晶燃料さえあれば動くかも、電力があれば、仕掛けを作れそう」


 ティナは装置を吟味しながら言葉を発した。


「幸い、燃料はそこら辺に生えてるね。僕が摘んでくるよ。ティナは仕掛けの準備を始めて」


 そう言ったソラにティナは結晶の容器を渡す。


 ウミの案内に従ってルイン結晶の生えている地点まで移動する。仕掛けに利用するだけのエネルギー量が得られれば良いのでそこまで結晶の質にこだわる必要はないはずだ。

 ルイン結晶の前に立ち、機械刀の鞘に仕込まれたナイフを取り出す。


「懐かしいな」


とソラが呟き、ナイフを振り下ろす。駆け出しの頃、結晶を集めるために侵蝕区域を出入りしていた日々が蘇る。ルーキーが受けれる依頼は多くなく、生計を立てるために結晶の採掘と売買に手を出していた。

 ルイン結晶はグリッドの根幹を成す重要な鉱物である。エネルギー資源でありながら侵蝕区域内に勝手に生えてくるという、枯渇を考えなくていい夢のような物質である。この性質がなければ人類はとっくに侵蝕現象に汚染された大地で絶滅していただろう。それほどまでにこの物質は人類の進歩に寄与したらしい。だが、同時に侵蝕に対して耐性のない人間が触れると侵蝕症と呼ばれるその名の通り、身体が侵蝕を受ける病気を発症するリスクがある。そのため、ルイン結晶の流通・管理をA.E.Rのみが認可されている。一般人が手に入れられるのは低純度で侵蝕症の対策のための加工が施された燃料用ルイン結晶のみである。だが、高純度のルイン結晶は強い願いによって形や性質を変化させる特性を持つため、それを求めての裏取引が後を絶たない。そこに違法採掘の需要がある。


 ソラはルイン結晶にナイフを突き立てる。ヒビが入った結晶に向けて再度、ナイフを振り下ろす。パキっと割れる音共に結晶が落ちる。それを拾い上げる。ほのかな熱を帯びた結晶を覗き込む。中では鼓動のように赤い光が蠢いている。


「悪くない純度、これならクリスタ用の材料にもできるぐらいだ」


 様々な魔法を行使できるようにするクリスタもルイン結晶から出来ている。これもある程度の純度が必要で今、採掘した結晶はクリスタを作るには十分そうな純度を持っている。つまり、これを持って帰ればそこそこの値段で売れるかもしれないということだ。だが、今はそんなことをしている時ではない。


『はいはい、手に入れたらさっさと戻るよ。早く準備を終わらせるに越したことはないんだから』


と昔を懐かしむソラを嗜めるようにウミが言った。ソラは指示に従い、結晶を容器に入れ、電源室へ戻った。

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