序章第4話 超える境界

 翌朝、ソラが目は目を覚ます。車内はまだ薄暗い。身体を起こして、上方のベットに視線を向ける。視線の先にいるウミは布団を肩まで被り、寝息を立てていた。彼は頬を2、3度叩いて眠気を飛ばして、朝食の準備に取り掛かる。ウミを起こしてしまわないように気をつけつつ、準備を進める。

 朝食が出来上がろうとした時、ウミが眠たそうな目をこすりながら起きてきた。


「ソラ、おはよ〜」


 まだ半分寝ているのかふわふわとした声で挨拶するウミ。


「おはよう、ウミ。もうすぐで朝食ができるから待ってて」


「うん、いつもありがと〜。うちはジュース入れとくよ」


 そう言って彼女は冷蔵庫の扉を開いた。そして次の瞬間、眠そうだった彼女の目が輝いた。


「えっ! これ、“極なめらかカスタードプリン”じゃん! もしかしてソラ、買ってきてくれたの?」


 ウミはジュースそっちのけでプリンを抱き抱えるように大切そうに冷蔵庫から取り出した。


「ウミ、プリン好きだったろ? 散歩のついでに買ってきたんだ」


 ソラはあまりに嬉しそうな声を聞いて思わず口角が上がってしまう。それを見せないためにウミの方を向けずに淡々と朝食の準備をしている振りをする。


「ソラ、ありがとう! これは今日の依頼が終わった後、ご褒美に食べるね!」


 口角を押さえ込むことができたソラは視線を彼女に向ける。

 彼女はニコニコの笑みを浮かべ、嬉しそうにくるくると踊りながら、捧げ物でも収めるかのようにプリンを冷蔵庫にしまった。

 その後、2人は穏やかに朝食の時間を過ごした。


 朝食の後、ウミの運転でグリッド136まで移動することになった。グリッドは人工の大地であり、大昔に建造されたその時から計画的に作られた都市であるため建物は線形に建ち並び、大通りには一定区間ごとに駐車用のスペースが設けられている。そのためキャンピングカーを駐車する場所には困らない。

 いくつかのビルが建ち並ぶ中に防音シートでできた囲いによって外と遮断された建設現場か目に入る。規模の大きくなっていない侵蝕区域なら見えないであろう高さの遮音材の壁がある。これなら外部から一切見つかっていないのも納得だ。建設現場近辺の駐車スペースにキャンピングカーが止まる。

 ソラは車を降りてトランクの中から長いツールバックを取り出す。一見すると工具や機材が入っていそうな無地の黒いカバンだ。しかし、中に入っているのは別のものだ。彼はジッパーを開いて中身を確認していく。中は仕切りによっていくつかのスペースに分かれていて、鞘に持ち手がついた独特の形をした機械刀や観測用の鳥類型ドローンなど仕事に必要な物が入っている。一通り持ち物を確認した後、ジッパーを閉める。


「それじゃ、行ってくるよ」


 ソラはカバン片手に建設現場へ向かって歩き始める。防音シートの一部が軽く破れており、侵入できるようになっている。メイリンの仕事に感謝しつつ、シートをめくって隙間を通り、工事現場に足を踏み入れる。そこにはほぼ賛成したショッピングモールがそびえ立っていた。外観は鋼鉄とガラスが組み合わさってできたデザインだ。ファサードは全面ガラス張りで太陽の光を反射して輝いている。掲げられたバナーはモザイクがかかったかのように何一つ読み取れない。ショッピングモール全体を覆うように半透明のドームがかろうじて見える。これが侵蝕との境界線だ。その境界線にノイズと共に銀色に輝く破片がゆらめいている。この銀色の破片は侵蝕の進行と共に大きくなり、やがてドーム全てを覆う膜となる。ここまで進行するとA.E.Rの装置で検出可能になるが、その状態はコアルインズがいつ発生してもおかしくないどころか既に発生している可能性すらある。侵蝕を止める機会を失いかねない状況となる。

 要約するとかなり侵蝕は進んでおり、直ちに対応しなければ容易に消滅させることはできなくなる。


ウミイーグル、見えてる?」


 ウォッチアイの視界情報をウミと共有する。


『うん、視界良好。……これ結構やばくない? A.E.Rが見つけたら血相変えて飛んでくるレベルだよ』


 映像から状況を把握したウミが少し慌てたのが声からも伝わってきた。


「調査中に中核結晶を少し削っていかないとな」


 ソラはカバンを開き、機械刀やその他の装備の準備を整えていく。手の甲に赤い石のついたフィンガーレスグローブを両手につける。


『終わったらA.E.Rに善意の報告も忘れずにしないとね』


「そうだな、侵蝕区域が増えれば僕らの仕事も増えるけど、それで犠牲者が出るのはごめんだからね」


 そう言いながらソラは帯刀用のベルトに取り付けられたショットシェルのような見た目の小さな無針注射器を腕に当てる。注射された対侵蝕薬物が体の中を巡っていく。これによって侵蝕症の発生を抑止している。注射と同時に薬物の持続時間に合わせたタイマーを起動させた。

 次の瞬間、ソラの後方で鳥類型ドローンが一斉に飛び立つ。


『それじゃあ、行動開始だよ!』


 ウミの元気な声を受けて、ソラは侵蝕区域の境界線を踏み越えた。

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