序章第3話 平和な夜更け

 メイリンが帰った後、ソラとウミはインターピアを介して送られてきたデータに目を通しながら、依頼の進め方について考えていた。夜の静寂がキャンピングカーを包み込み、まるで外の世界とは切り離されたかのようだ。お互いにある程度考えがまとまった様子なのを確認したところで


「お腹すいた〜、晩御飯にしようよ」


とウミが立ち上がった。同じ考えを持っていたソラは同調するように


「そうだな、何か作るよ」


と言いながら冷蔵庫と戸棚の中身を確認していく。


「あまり手の込んだものもあれだし、今日はパスタにするか」


 ソラが必要なものを取り出して並べていく。


「うちは何しようか?」


ウミが手際よく動くソラに指示を求める。ソラは一瞬手を止めた後


「そうだな、ソーセージを一口サイズに切ってくれないか」


と頼んだ。


「了解〜」


と敬礼しながら言葉を返し、彼女も作業に入る。材料の準備を終えたソラはコンロでフライパンを熱し始める。ある程度熱が通ったところにオリーブオイルをひき、ウミがカットしたソーセージを炒め始める。火が通ったのを確認してから水を沸騰させる。イタリア人が近くにいないことを確認した後、パスタを半分に折り、コンソメと共にフライパンにぶちこむ。ウォッチアイのユーザーインターフェイス上でタイマーを起動する。茹で上がったら火からおろし、器に盛り付け適量の塩胡椒を振るう。これで簡単スープパスタの出来上がりだ。


「わぁー! おいしそー」


 ウミが出来上がった料理を見て目を輝かせる。コンソメの良い香りがキャンピングカーに充満し、空腹をさらに刺激する。コップに水を入れて向かい合う形で座る。


「「いただきまーす」」


2人は声を揃えて言い、パスタを口に運んだ。コンソメの味がしっかりと効いており、ソーセージの食感が良いアクセントとなっている。


「ん〜、おいし〜」


ウミは満足そうに笑みを浮かべている。そのままニコニコとした笑顔で食べ進めていき、最後に彼女は器に口をつけた。


「んー、ぷはー」


 そう言って彼女はスープも飲み干し満足げに


「ごちそうさまでした」


と言った。

 一方でソラは食事片手にインターピアの投稿に目を向けているためまだ器に半分以上の麺が残っている。一口食べては空中をスワイプ、一口食べては空中をスワイプしていて食べ終わるのにまだまだ時間がかかりそうだ。


「ほら、ソラ、片付けが遅くなるんだからネットばっかり見てないで早く食べ終わって」


 フライパンを洗う準備を始めたウミがそう言う。ソラが視線をウミ向けると


「さっさと食べないと片付けちゃうよ」


と急かすような言葉を投げる。その言葉にソラの動きが固まった。


「分かったから師匠みたいに急かすのはやめてくれ」


 ソラはインターピアの画面を閉じて、食事に集中することにした。


 夕食を終えたソラは皿を片付けてからソファに腰を下ろし、インターピアの続きをしている。ウミは車両後方に置かれたPCを操作している。2人は自分の時間を過ごし、穏やかな夜の時間が過ぎていく。しばらく時間が経ち、もう間も無く日が変わろうとした頃、


「そうだ、明日の依頼の準備は順調か?」


 とソラがそう尋ねる。

 ソラは実地での活動、観測機配置などが主な仕事のため、侵蝕区域への侵入経路の確認などあまり複雑なことをする必要がない。対して、ウミは事前に観測されたデータや地形の情報などを組み合わせて処理、実地の観測データが揃っていない間もソラが侵蝕区域内を不自由なく動けるように入念に準備をしている。


「うん、メイリンさんがいつもの情報をくれたから実地のデータを踏まえればいつも通りナビできるよ。ただ、A.E.Rの最新機器による観測データを取れないから中心部に着くまでにきっちりデータ収集しないといけないかも」


「まあ、つまりはいつも通りってわけだな」


 ソラは伸びをしながら天井を見る。運転席の上部にウミが寝るためのスペースが見えた。

 明日は仕事だ、コンディションのことを考えて、さっさと寝たほうがいいだろう。そんなことを考えていると


「くぁ〜、眠たくなってきちゃった」


 ウミが大きな欠伸をした。彼女も同じことを考えているのだろう。


「明日は依頼もあるからそろそろ寝たほうがいいな」


 ウミの様子を見てソラが提案した。


「うん〜、そうだねぇ。でも、その前にシャワー浴びなきゃ」


 眠たげに立ち上がったウミは着替えとタオルを持ってトイレ・シャワーのスペースに入っていく。その足取りからも眠たそうなのが伝わってきた。


「ごゆっくりー」


 ソラはそう言った後、インターピアに視線を戻した。最新のグリッドに光焔教のめちゃくちゃ豪華な教会が建っただの今日上映が始まった映画がクソだっただのどうでもいい投稿を流し見、ときどきいいねする。ソラにとってはこの時間が至福の時である。

 しばらくして、トイレ・シャワーのスペースの扉が開き、ウミがさっぱりとまどろみが混じった表情で現れた。いつもの後ろ結び茶髪は解かれ、湿ったまま自然乾燥させている。暖かいシャワーに当たった後だからか、いつもより艶があるように見える。彼女が着るパジャマはピンクのネグリジェで可愛らしい印象を受ける、この可愛い姿を見れるのがソラだけと言うのが悔やまれるほどに。

 彼女は髪をタオルで拭きながら、ソファに腰掛ける。


「次、どーぞ」


 うつらうつらとしながらそう言うウミに


「寝るなら、髪乾かしてからにしなよ」


と釘を刺す。髪の毛を乾かさずに寝て、明日風邪ひきました、みたいなことになれば最悪だ。


「ふぁーい」


 信用ならない気の抜けた声を背中に受けながら、ソラは着替えとタオルを持ってスペース入る。トイレのスペースで服を脱ぎ、シャワールームに足を踏み入れる。少し、湯気と熱気が残っている。温かいシャワーの水が身体をほぐして、疲れを押し流し、代わりに眠気を押し込めてくる。眠気に負けないように気合いで全身と頭を洗った。


 ソラがシャワーを終えて戻ってくると、ソファに寝転び、ほとんど目を瞑っているウミが目に入った。遠目に見ても髪は湿ったままだ。


「ウミ、髪の毛乾かさずに寝ると風邪ひくよ」


「うん〜? うん、分かったぁ」


 ウミはそこから動こうとはしない。明らかに言動と行動が一致していない。眠気が最高潮に達していることは考えるまでもない。


 さて、どうしたものか。


「仕方ない、僕が乾かしてあげるから座って」


 半ば無理矢理ウミを座らせて、ドライヤーとタオルを用いて髪の毛を乾かす作業を始める。髪を痛めてしまわないように丁寧に拭き、ドライヤーを当てる。ウミは目を閉じたまま、ソラの手のひらの感触に身を任せていた。温かいタオルが髪の毛を優しく包み込み、次第に湿気が吸い取られていく。ソラは時間をかけて、一房一房、丁寧に乾かしていった。


「だいたい乾いたんじゃないか?」


「うん、ありがと〜」


 ウミは半分以上眠りに入りながら感謝の言葉を投げた。


「ほら、上にあがって、落ちないように見てるから」


 ふらふらの足どりで階段を登るウミ。

 ソラは落ちないか気が気でない。

 ウミの動きが登り切る直前で止まる。

 どうしたのか気になって上を向くと、ネグリジェの裾から健康的な足そしてピンクの下着が目に飛び込んできた。


「おっと……」


 ソラはすぐに目を逸らす。気まずさを隠しつつ


「ほら、もうちょっとで布団につくんだから頑張って」


と言って上に登り切るように促した。


「うん〜」


と眠気の限界のような今にも消えそうな声を上げながら、最後まで登りベッドに倒れ込んだ。次の瞬間には穏やかな寝息が聞こえてきた。


「はぁ、久々に見たなあんなにふにゃふにゃになったウミ。疲れてたのかな」


 明日の侵蝕区域の調査では彼女に命を預けることになる。毎度のことながら命を預かる側の準備にかかるプレッシャーは相当なものだろう。エネルギーを消耗するのも仕方のないことだ。

 頑張ってくれた彼女を労いたいと思ったソラは


「コンビニでウミの好物でも買ってくるか」


と呟きながら足音を殺して扉へ向かう。外に出て大通りに出ると街灯、建物からの灯りでキャンピングカーの車内と同等かそれ以上の明るさがあった。

 ソラはインターピアでプリンの投稿を漁る。すると良さそうな“極なめらかカスタードプリン”なる投稿が目に入った。少し遠いが、光焔教会の横にあるコンビニにあるらしい。


「まあ、運動がてらいくか」


 ソラはウォッチアイ上で地図とワークアウトのアプリを起動し、コンビニを目指して歩き始めた。


✳︎


 ソラはコンビニたどり着くと最短ルートでデザートコーナーに入った。色鮮やかな商品がソラを出迎える。その中の1つ、"ありえないほどのなめらかさ”を謳うPOP広告のすぐ下にお目当ての品の最後の1つが置いてあった。手を伸ばすがそのプリンは他の客に取られてしまう。


「あっ」


 思わず声を漏らしながら、その客を見る。司祭のような装いに身を包んだ灰色の髪の毛を持つ男性は、見た目は若そうであるが雰囲気は年上のような気もする。実際の年齢はどのぐらいか掴みようのない見た目と雰囲気をしていた。

 ソラはすぐに気を取り直して他の商品を探そうとした。その瞬間、

 

「もし、そこの御仁、このプリンを探していましたか?」


と司祭らしき男が声をかけてきた。ソラは一瞬、目を丸めて言葉に詰まる。が、


「ええ、まあ。友人を労いたくて買おうかと思ってました。でも、大丈夫です他のもの探しますから」


とソラは正直に答えた。

 その言葉を聞いた司祭は真剣な眼差しをソラに向けた。


「そうか、友人のためにですか。それならこれを持って行ってください」


 そう言って彼はプリンいや“極なめらかカスタードプリン”を差し出した。


「いや、悪いですよ」


 ソラは手を振ってそれを拒否する。これは自分が買おうと思っただけでウミに頼まれた訳でもなんでもない。極論、プリンでなくてもいいのに“極なめらかプリン”を受け取るわけにはいかない。


「気にしなくていいですよ。私はまだしばらくこの近くの教会にいますので、いつでも買えます。それに人が絶望する姿は見たくないので」


 絶望って大袈裟な、と思いつつ、半ば押し付けられる形で厚意に甘えてその“極なめらかカスタードプリン”を受け取った。


「ありがとうございます、友人も喜んでくれると思います」


 ソラはお礼を言って深く頭を下げた。神父は微笑みを返し、


「そうなることを私も願っています」


そう言って神父はソラの元を離れ、他の商品の物色を始めた。

 ソラはレジへ向かい支払いを済ませてコンビニを後にした。世の中にはいい人もいるもんだと思いながら自宅ことキャンピングカーへ向かって歩き始めた。


キャンピングカーに戻ったソラは冷蔵庫のウミの物が入っているエリアの先頭に“極なめらかカスタードプリン”をそっと置いた。色々と寝る前の準備をした後、ソファの背もたれを倒して、その上に枕を置いて眠りについた。

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