2
朝5時、夏の日差しもまだ本領を発揮していないといえど、太陽は、滑走路をジリジリと確実に焼き付けている。
飛行服姿の長官が、倉庫の方から颯爽とこちらに歩いてきた。
「貴様ら、これは遊びじゃない。今から私の指示に従え。まず、座席だ。ルイ・ラサートル、貴様は前方で操縦を、荒川古春、貴様は後方で銃を待ち、私が乗っている飛行機の左側の主翼に一発当てろ。それができれば、同行の権利を与えよう。では、サナデル湖で会おう。」
意外と簡単そうで2人はホッとした。古春は、気合いを入れるために、頬を両手のひらでパンパンと軽く叩いた。いよいよ、僕らの最初の戦いが始まる。長官と僕らが今回乗る機体は、練習機、モル・アイデル。炎のように赤い小型の複座機で、座席付近には、前方、後方共に銃が備え付けられており、今回は後方からしか撃たないが、本来ならば前後同時射撃が可能である。主翼に足をかけ、僕は前方、古春は後方に乗り込んだ。
「飛行準備完了。いくぞ、古春。」
最初にプロペラがぐるぐる回り始め、次第に飛行機は宙に浮き、風を切って進んだ。こんな平和な飛行は久しぶりだ。学生といえど今は戦争真っ只中。戦場に駆り出され最近は実戦続きだ。2人の緊張は完全に逸れていた。
ちょうど、サナデル湖に到着した、その時だった。バババババ、と上空から音がした。
「……銃撃だ!まさか、敵!?こんな所まで⁉︎」
弾丸は、モル・アイデルの右の主翼に、僅かだが掠っていた。
「……ルイ、違う、敵じゃない……長官よ!」
「長官め、話が違うぞ…!」
長官、クリスチアーヌ・アンゴの家庭は貧しかった。子供の頃、貴族のパレードでラリマール人を見た時、精一杯そのラリマール人を睨みつけた。それが、無力な子供にできる、精一杯の復讐だった。クリスチアーヌの父親は、生前、口癖のようにこう言っていた。「ラリマール人がなんの努力もせずに裕福な生活をしている間、俺達は土や汗で体を汚しながら、風呂にも入れず、重い農具を担いで労働している。全部、アイツらのせいだ。全部、ラリマール人のせいだ。」そして、寒い冬の日、クリスチアーヌの父親は、飢えて死んだ。その日の、冷たい空気が肌に刺さる感覚を、忘れた日はない。
「ええい!憎きラリマール人め!親の仇だ!この程度で屈するものに、皇妃の首など打ち取れるはずがない…ならばここでくたばれ‼︎」
ルイは大きな雲に機体を隠した。古春はルイらしからぬ行動に戸惑った。
「逃げるな、ルイ!当てなきゃダメなんだぞ⁉︎」
「逃げてなんかいないさ……古春、後は任せた……!」
雲を抜けたその瞬間、長官のモル・アイデルが、空に炎が現れたかの如く、古春の目の前に飛び出てきた。
古春は瞬時に銃を構え、引き金を引いた。それと同時に、長官も躊躇なく引き金を引く。運任せの銃撃が、今始まった。バババババババババ。物凄い銃声が群青の空に響き渡る。弾が切れ、立ち込めていた硝煙がだんだんと薄くなっていく。古春は目をかっぴらいて長官のモル・アイデルの左の主翼を見た。
「……やった!」
ギリギリ、コックピット付近の左側の主翼に、穴が空いていた。
「……やるな。」
長官は、悔しさと情けなさで、笑う事しかできなかったという。
「見事な操縦と射撃だった。この程度でうちの学校のエースが死ぬはずがないと、私は信じていたからね。」
「僕達を試したんですか⁉︎」
「ハハハ。それはそうと、合格おめでとう。荒川古春に、同行の権利を与えよう。作戦開始は1週間後だ。1週間後、またこの滑走路に来い。」
ルイと古春と長官は、互いに敬礼を交わした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます