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 ──発症すれば、感情を忘れ、いつしかロボットのように無機質な人間と化す。リアレス王国と、バンデール王国の戦争が始まる前、戦争続きだった世界に、再び平和が訪れた、伝説の10年間の間に多発。原因は詳しくは分かっていない。薬、予防接種、共に未だ未開発。

-唯一の治療法は、過酷な環境に身を投じ、強い刺激を受けること。主に、戦場など。患者は、パイロット、並び兵士養成学校へ、無償で入学する事が可能。

失感性エモナール病──。

 初めて聞いた時、奇妙な病気だと思った。その時は、まさか自分が発症するだなんて、思っていなかったから。

 ゴオオオオオ。プロペラ音、エンジン音、それに加えて、風を切る音、それらが全て混ざった音が、耳に突き刺さる。

「南南東上空、敵機4機発見。撃墜せよ。」

ドドドドドド。弾丸が発射された。撃ち落とされ、海へ落ちていく人々の姿に、目を向ける余裕など彼にはない。空を飛ぶパイロットは、鉄の塊と同化したかのように無機質だ。だけど、昔は違った。敵を落とした時、必ず心の中でごめんと唱えていた。慣れとは残酷だ。今では、敵を撃つ悲しみは消え、さらには、攻撃が敵に当たった時に感じる喜びすらもどこかへ消え去ってしまった。きっと、この空に忘れてきたのだろう。たった一つ、死への恐怖だけが微かに残っていた。乾き切り、血走った目で敵を追いながら、彼はひたすら撃ち続けた。



 「流石はハリエス養成学校のエースパイロットだな!」

古春は僕の肩をバシッと叩いた。

「うん。今日も絶好調。」

ルイは誇らしげに腰を両手に当て、胸を張った。すると、腹から思いっきりギュルルと音が鳴った。

「ハハ。もう腹ペコだよ。早く食堂へ行こう。」

食堂にはいい匂いが漂っている。僕は、席につき、食事を口に運んだ。心なしか、昨日よりも食事の味が薄い気がした。でも、きっとこれは作った側の問題じゃない。僕側の問題だ。

「なあ、古春。明日死ぬかもしれない人間が、病気を治療する必要ってあるんだろうか。それって、凄く矛盾してるような。」

そう言い終わろうとした時、肩をポンと叩かれた。寮長だ。

「長官がお呼びです。今すぐ司令室へ。」

「長官が…?」

不思議に思いながらもルイは足早に司令室へ向かった。



 「任務だ。ルイ・ラサートル。」

長官は、息をスゥーと吐いて言った。

「貴様に、ある人物の首を打ち取ってきて欲しい。」

長官室に緊張感が漂う。長官は、今度は息をスゥーと吸って言った。

「バンデール王国に侵入し、皇妃、ジャンヌ・アベラールの首を打ち取れ……‼︎」

一瞬、時が止まったかのように思う。僕は驚きが隠せず、目をかっぴらいた。

「恐れ入りますが、私はまだ学生です!その類の任務は普段正規兵が……」

「黙れ!リアレスのスパイによれば、バンデール王国の宮殿は、秋頃から17歳前後の使用人を一般市民の中から募集する。そこで、この学校のエースパイロットである貴様の出番というわけだ。皇妃に近づけるかつてない機会だ……いいか?これは国からの命令だ!貴様の意思など聞いていない!貴様のようなラリマールのゴキブリには2度とないチャンスだ。繰り返す、これは命令だっ……!」

僕は、溜まった唾をゴクッと飲み、覚悟を決めて言った。

「取り乱してしまい、申し訳ありません!その任務、私、ルイ・ラサートルがお受けいたします!」

「……よろしい。だが、問題はここからだ。私の言いたい事が分かるか?」

「申し訳ありません。分かりません。」

「……皇妃の首を打ち取ったのがラリマールの学生など、そんなことは許されない、という事だ‼︎」

長官は声を張り上げた。その威圧感に、僕は後退りしそうになる。

「手柄はこちらが貰う。報酬は、任務が終わり次第たんまりと渡す。それでいいな?」

「はい!ですが、一つ、要望があります。」

「なんだ。」

長官はすごい形相でこちらを睨んだ

「その……荒川古春の同行を許可していただきたいのです。」

「比良ノ邦から来た生徒か。足手纏いにならないと言い切れるのか。」

俯いた僕を見て、長官は数秒間考えてからこう言った。

「明日の朝5時に、滑走路に彼女を連れて2人で来い。そこで、足手纏いにならないと証明して見せろ!」

「はい‼︎」

威勢のいい若い男の声が、ハリエス養成学校に響いた。

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