第7話 真実か挑戦か

「真実か挑戦か?」

 眉を寄せる戦士リアムに、星乃は事もなげに頷く。

「はい、これは口頭で行うゲームです。実際にやってみた方が早いでしょう。リアムさん」

「なんだ」

「私に問うてください。真実か、挑戦かと」

「……」


 戦士リアムは訝しげな顔をして私を見たが、私は黙って頷いた。


「……真実か挑戦か」

「では、私は『真実』を選びます。あなたの質問にひとつだけ、なんでも正直に答えます。答えれなかったら私の負け」

「なるほど」


 戦士リアムは、星乃を爪先から頭の先まで舐め回すように見ると、不敵に笑ってみせた。


「何でもか」

「はい。でも早々に負かしてしまうとつまらないですよ」

 戦士リアムの視線に気づいてるのか、こともなげに手加減を促した星乃に私は吹き出しそうになってしまった。

「ふん、確かに難易度は少しずつ上げていった方が面白いか」

 まだ慌てるときでもないといった風に戦士リアムは頷いた。

「どうやって賢者を誑し込んだ?」

「師弟関係のことを言っているなら、私は承諾したことはないんです。ソフィアさんが勝手にそう言ってるだけ」

 戦士リアムの視線に、私は肩をすくめて答えてみせた。

「誑し込んでいるのは事実だろ」


 ため息の一つでもしたくなる問いだろうが、星乃はクライエントの前で決して感情的な態度を取らなかった。


「私のカウンセリングに興味を持って頂いたんです。この世界に転移した私は王国の森で目覚めました。そこに偶然ソフィアさんが居合わせて、私を保護してくれたんです」

「ゼロリスの森か」

「はい」

「異世界からの迷い人はあそこで発見されることが多いと聞くな。ただの噂だと思っていた」

「私の職業に興味を持ったソフィアさんは、私にある人を紹介してくれました。その人は精神的な問題を抱えていて、ソフィアさんはずっと気にかけていたと言います」

「賢者が解決できなかった問題をあんたが解決したと?」

「解決させるのはいつでもご自身です。私の仕事は、そのためのきっかけを作るだけですから」

「……それをみて、賢者があんたに弟子入りを申し出たっていうのか」


 戦士リアムは鼻で笑ってみせたが、星乃はまるで気にしていない様子だった。


「さあ、次はリアムさんの番です。真実か挑戦か」

「真実だ。なんでも聞け」

「今日はどういう経緯で来てくれたんですか?」


 その問いは通常のカウンセリングでも最初にクライエントに問うべき『来談理由』だった。星乃はやはり、ゲームを用いて戦士リアムのカウンセリングを行おうと考えていた。


「おい、お前ふざけてんのか?」

「リアムさんが優しくしてくれたので、私もそうします」

 星乃は戦士リアムの強面に少しも動じず答えた。

「それに難易度は少しずつあげていった方が面白いでしょう?」

「……ち」


 私は吹き出しそうになるのを耐えた。

 星乃はうまく戦士リアムをゲームに付き合わせ続けようとしていた。


「俺は騎士団の若い連中に稽古をつけてやってた。そこに賢者とエルンストンが来たんだ。賢者はあろうことか俺に喧嘩を売ってきた」

「ソフィアさんが?」

 喧嘩は売られたのだと私は認識していたが、例に習って私は無言を貫き通す。

「ああ、若い騎士の足を刺したのが気に入らなかったらしい。俺は喧嘩を買って、賢者の力を認めた。あとは言った通りさ。賢者が師と仰ぐお前を今一度拝みたくなった」

「刺した……剣で足を刺したんですか?」

「質問は一つまでだろ。次は俺だ。真実か挑戦か、選べ」

「……挑戦です。リアムさんの指示に私が応える。応えられなければ、私の負けです」

「指示に応えられないと負け? お前、とんだ変態女だな」

「え、どうしてですか?」

「完全に男に有利なゲームじゃねえか。誘ってんのか?」


 あまりに下世話な想像だったが、戦士リアムの指摘も尤もに思えた。これは一方が無理難題を指定すれば早々に勝敗が決するゲームには違いない。

 しかし、星乃はまるでその指摘を想定していたかのように平然と答えた。


「だから、私は紳士な方としかこのゲームをしないんです」

「……」


 こう言えば戦士リアムは信用を裏切ることができないことを星乃は知っていた。

 『自己中心的で独善的な言動が窺えるが、信頼に対する責任感も強い』

 前回のカウンセリング時に、星乃は戦士リアムの所感についてこう記していたのだ。

 星乃は戦士リアムの性格を把握した上で、見事にカウンセリングへ誘導していた。

 戦士リアムは面食らった様子だったが、それを誤魔化すためか嘲るように鼻を鳴らした。


「そうだな……まだ負かしてしまうのはつまらない」

 戦士リアムは懐から酒瓶を取り出し、卓上に強く落とすように置いた。

「飲め」

「お、おお……」

「なんだ?」

「いえ、私の世界でも『挑戦』にお酒を使うのは定番なんです。でも、カウンセリング中にお酒を飲むというのは」

「ゲームだろ」

「確かにそうでした」

 むしろ飲みたかったのだろうか。星乃は酒瓶を手に取ると、水でも仰ぐように飲み干してみせた。彼女は童顔な外見とは対極に酒豪だった。

「……わ、飲みやすい。おいしいですね」

「お前……普通一口だろ、高いんだぞ、それ」

「え、あ、そうだったんですか? いえ、私の世界でも普通はワンショットなんですけど、リアムさんは一気飲みを望んでるのかと」

「俺をなんだと思ってんだ」

「リアムさん、想像より優しい人で安心しました」


 酒で頬を赤くして冗談ぽく言う星乃に、戦士リアムはむず痒そうな、なんとも言えぬ顔をしていた。


「じゃあ次は私ですね。真実か、挑戦か」

「真実」

「意外ですね。次は挑戦で行くと思いました」

「難易度を上げてゆくって言ったのは、お前だろ。俺はな、お前のそういう相手を観察するような態度も気に入らねえんだよ」

「すみません、仕事柄癖になっていて。でもそれは剣士もきっと同じですよね」

「何?」

「観察眼に優れていないと敵を倒せないですよね。勇者一行の剣士ともなると、私より観察眼は優れているでしょ」

「……知った風な口を聞きやがる」


 鼻を鳴らしながらも、戦士リアムは満更でもなさそうだった。

 私はいたく感心していた。いつしか星乃は戦士リアムの警戒心を解きかけているように思えた。


「じゃあ質問しますね。なぜ騎士の方の足を刺したんですか?」

「それのどこが難易度が上がってるんだよ」

「よっぽど強くて手加減できなかったとか?」

「あ?!」

 酒を飲んでも、星乃の手腕は衰えなかった。悪意をみせぬように挑発しながら、戦士リアムにゲームを継続させた。

「馬鹿いえ! 一兵卒が束になっても俺に傷ひとつつけられねえよ!」

「流石ですね、そんなに差があるものなんですね」

「当然だ」

「じゃあなぜ怪我をさせたんです?」

「いいか、俺たちは戦うために生きているんだ。ここは魔王に支配される地獄だ。あんたがいた平和な世界とは違うんだ。痛みなくしてどう仲間を強くする。僧侶みたいなこというんじゃねえよ」

「なるほど、確かに……」

「あ?」

「実践での怪我に動揺して命を危険に晒すくらいなら、稽古で怪我に慣れた方がいい。と言うことですよね」


 星乃が理解を示したことに、戦士リアムは驚いたような顔を見せた。


「それもある。あとは恨みだ。恨みが人を強くする。箱の中じゃ戦士は育たねえんだよ」

「あえて、恨みを買ったんですか」

「王立騎士団といや庶民は讃えるがな、その実、貴族上がりのボンボンばかりよ。その辺のギルドの連中の方がよっぽど実戦に揉まれている。そりゃそうさ、魔王は俺たちに任せ、魔獣はギルドに任せ、王都周辺の治安維持が主な仕事だ。強くなれって方が無理な話だ」

「言われてみるとそうかもしれないですね」

「何より奴らには戦う理由がねえ。王国がくれる金と名誉に溺れてるだけだ。俺は違う。恨みだ。魔王を殺したいから強くなった」

 

 いつしか二人は普通に雑談をしていた。優れたカウンセリングとは自然な会話が伴うものだと、星乃はいつか言った。

 クライエントがリラックスしてくれている自然な状態でこそ、本音を語ってくれるはずだと。星乃はゲームと騙って見事にカウンセリングを成立させていた。


「でも、学院育ちでも強い人いますよね。エルンストンもカイルも学院出身ですが勇者一行のメンバーですし――」

「カイルは死んだ」


 星乃の言葉を遮るように、しかし感情を決して見せぬように、戦士リアムは静かに言った。

 しかし、その言葉にはその話題には触れるなという強い拒絶が感じられた。二人の間にあった自然な対話が終わったように見えた。


「私も驚きました……エルンストンも悲しんだでしょう」

「あの女は強くなった。痛みを知り、恨みを覚えたからだ」

「……」

「最後だ。真実か挑戦か選べ」

「真実です」

「お前のカウンセリングを受け続ければ、魔王を倒せるのか」

「……私は凡人です。そんな力はないです」

「終わりだな」

 戦士リアムは立ち上がると踵を返し、立ち去ろうとした。

「倒すのは私ではなく、あなた方です」

 戦士リアムが足を止めた。

「私はあなた方を今より強くできる自信はあります」

 星乃は鼻で笑う戦士リアムの背中に問い続けた。

「真実か挑戦か。まだ勝負はついてないですよ」

「……挑戦」

「次にエルンストンと会ったら、彼女をよく観察して、もう一度だけ考えて貰えませんか。本当に彼女は、痛みと恨みを経て強くなったのか」

「……くだらん」


 戦士リアムはついに扉を開き、出ていってしまった。一時は光明を感じたが、またカウンセリングは失敗に終わってしまった。

 静寂の戻った部屋で、星乃は大きくため息をついて、テーブルに突っ伏した。


「……怖かったあ」

「嘘をつけ」

「本当だよ。『挑戦』を選んだ時とか、もうお嫁に行けなくなるかと覚悟したもん」

「――で、どうだった?」

「まず一般人の私に刃物を向けてる時点で私の世界なら逮捕だよ。学生ならスクールカウンセラー案件です。でも私のことを詐欺師だと思い込んでることと、この世界の職業剣士であることを考慮すれば、まあ精神不安定とは言い難いのかも」

「うむ、あの程度のことは飲み屋でも日常茶飯事だからな」

「騎士さんに怪我を負わせた理由について、私が理解を示しました。その時のリアムさんの様子はどうだった?」

「饒舌になったな。悪い気はしなかったのだろう、あれをきっかけに気を許してくれたように思えたんだがな」

「私はそこに矛盾を覚えました」

「何?」

「正しいと思っている所業に理解を示されて饒舌になるのは、正しいと思えていないから。じゃないかな」

「……ふむ」


 外見、態度、服装、話し方、所作。カウンセラーはあらゆる面を観察し、クライエントの問題を探り出す。

 私は稽古場での戦士リアムを思い出していた。最初の言葉を取り下げ、聖職者エルンストンに若い騎士の治療をさせた彼のそれは確かに、言動と行動に矛盾が生じた結果と言えた。

 私は当初、戦士リアムが星乃のカウンセリングに訪れた事実さえ作れればそれでいいと考えていた。しかし、今は戦士リアムが再び星乃の元へ訪れることを願っていた。


「正しいと思わないことをつい実行してしまう、そんな自分の正当化のために理論武装している。そして、その自己矛盾に無自覚」

 星乃は紙にペンを走らせながら言った。

 クライエントから受けた情報を書き取るケースレポートは本来、カウンセリング中に行うものだが、戦士リアムの性格を考慮して後回しにしたようだった。

「所感の印象からの見立てですが、そういった可能性が高いと感じました」

「……これを言うと元も子もないが、奴のその性格は魔王討伐において支障があるものなのか?」

「分かりません。でもエルンストンに良い影響はないと思うの。だから、あの子を通してその矛盾に気づいてくれたらなって……そうしたらまた訪ねてきてくれるかも知れない」


 驚いたことに、星乃の戦士リアムへの最後の『挑戦』は、そのための仕掛けだったのだ。

 その仕掛けがうまく発動するように私は祈った。

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