第6話 賢者VS戦士
戦士リアムの剣術は独特だった。
時には獣のように身を低くし、転がるように舞ったかと思うと、剣を高く突き上げ、それを避けると即座に打ち下ろしてくる。時には剣を空に放り投げ視線を誘導し、その隙に飛び蹴りを放ったかと思うと、空で掴んだ剣で再び猛攻を見せる。上下左右の動きが軽快で素早く相手を翻弄させるが、避けた一撃は私の銅像を真っ二つにするほど重かった。この領域にいる剣士は大陸全土を見てもそうはいない。勇者一行の剣士として選ばれたことだけはあった。
私たちの攻防に騎士たちは息を呑んでいたが、しかし、いなすことに集中すれば避けることはそう難しくなかった。
戦士リアムは息ひとつあげてなかったが、一度も攻撃を見せない私に嫌気がさしたのか剣撃を止めた。
「なぜ手を出さん」
「私は臆病者でな。手を出せば隙が生まれる」
「……ふん、どうりで自信満々だった訳だ」
「何がだ?」
「エルフじゃ珍しいよな。剣士だったのか、あんた」
「いや、元は魔法使いだが」
戦士リアムは怪訝な表情を見せた。
「じゃああれか、俺の技をヒラヒラ紙のように避けれてんのは魔法か」
「これは剣術の指南だろう。剣技以外使わんよ」
「……師が詐欺師なら、弟子も詐欺師ってか?」
師とは星乃のことを言っているのだろう。どうやら戦士リアムは私の剣技を見て、小細工をしていると思い込んでいるらしかった。
戦士リアムは私への一撃を諦めたのか、剣を鞘に収めた。騎士たちが胸を撫で下ろしたその刹那、鋒が私の目の前にあった。
「きゃあ!」
聖職者エルンストンが叫んだ。私の頭部が貫かれたように見えたのかも知れない。
私は首を捻り紙一重で鋒を避けていたが、頬が僅かに切れたのが分かった。
「おお」
騎士たちの声が漏れた。
「……ありえねえ、今のは不可避の居合だ」
「いい技だ。見事に殺気を消していた。騙し討ちとは呼べぬ鋭さだ」
「これを避けたのは魔族にもいねえ。人間の反応速度じゃねえ。種があるはずだ」
「エルフには怠惰な横着者が多くてな。その長い生涯を悠々自適に送る者ばかりだ」
「何?」
「中には一つを極めんとする者もいたが、大体1世紀ほどで皆飽きて森へ帰った。私はエルフの中でも、変わり者だったということになる」
「何の話だ」
「初めの200年で大陸中の魔法を修めた。魔法に飽きると、哲学や医学に傾倒し、その傍ら僧侶として回復魔法を学び半世紀で修めた。次の100年は武闘に傾倒し、弓も嗜んだが、これは半世紀もせず飽きたな。それでも弓の腕前でカイルに劣ったことはなかったが」
「……」
「最後の100年は剣術にハマった。私は剣術だけでも、お前の人生の3倍ほど没頭している」
戦士リアムは今度こそ剣を鞘に収めた。
「あんた千年生きているんだろう。残りの500年は何をしていた」
「育成だ、これは奥が深い」
「嘘じゃねえみたいだな。この数世代の勇者一行の殆どは、あんたが育てたんだってな。最強の趣味人って訳か」
「いや、私のこれは趣味ではない。一つの目的のために千年没頭してきただけだ」
「何だ」
「魔王討伐」
「……」
騎士たちがざわつく。無理もないだろう、彼らは私の過去を知っている。
この私でも魔王討伐は叶わなかったことを。そして、私の育てた勇者たちは悉く屠られてきたことを。
「ならばなぜ育成をやめて、詐欺師を師と仰いでいる? 夢を俺たちに託して、ついに手前は諦めたって訳か」
「諦められるはずあるまい。私の行動は常に一つの目的のためだけにある」
「どういうことだよ」
「魔王討伐の要は、天野星乃の『心理カウンセリング』にあると言っているのだ」
戦士リアムは大きくため息をつくと、自ら傷つけた若い騎士を見た。
「エルンストン、傷を治してやれ」
「え、でも」
「ただでさえ短い人生だ。怪我で損なう時間が惜しい。ヘボでも戦力は戦力だ」
納得できていないようだったが、聖職者エルンストンは若い騎士の傷の回復を始めた。
「行ってやるよ」
「何?」
戦士リアムは続けた。
「魔王討伐の要にもう一度会ってやる」
私には星乃への評価を改めたというより、敵に挑むといったような意気込みが見えた。
私は自らの頬の傷を指でなぞると、絵の具を拭き取るように治してみせた。
そして、戦士リアムが両断した私の銅像へ目を向ける。
「像のことは気にするな、面映かったんだ」
「気にしてねえよ」
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「どういうことですか……」
カウンセリングルームの扉を前に、星乃は呆れてものも言えぬといった様子だった。無理もあるまい。
聖職者エルンストンを止めてくれという頼みを承ったにも関わらず、私は彼女に加え、戦士リアムまで連れて戻ってきたのだ。
「道中聞いたよ、俺がいないとあんた仕事を失うんだろう」
「戦士リアム、恩着せがましく言うな。そのために来た訳でもあるまい」
「そうだったな」
勝手に部屋の中へ入り、どかりとソファに腰掛けると、戦士リアムは立ったままの星乃を見上げた。
「カウンセリング、もう一度受けてやる」
星乃は事態を飲み込めていないようだったが、仕方なく戦士リアムの向かいのソファに腰掛けた。
「……リアムさん、気持ちは嬉しいけど意に反するカウンセリングをして欲しい訳ではないんです」
「反してないさ。俺は俺の意志で、あんたを見極めにきた」
「どういうことですか?」
「賢者ソフィアは本物だ。あんたが抱えておくには惜しい」
なるほど、戦士リアムは星乃ではなく、私に興味を示していたのだ。
「あんたが木偶だと賢者ソフィアに知らしめる。彼女はあんたには勿体無い。俺が口説き落とす」
「口説く……」
聖職者エルンストンが赤くなっているが、そういう意味ではないだろう。
戦士リアムは射手カイルの穴で埋めようと考えているのだ。そのために、私が師と仰ぐ星乃のカウンセリングを再び評価しようとしている。しかし、ただの一度のカウンセリングで何を評価できよう。
「戦士リアム、カウンセリングが一度で劇的な効果を与えるとは限らない。定期的に行いゆっくりと改善してゆくことが殆どだ」
「そこだよ、俺が詐欺だと言っているのは。そもそもだ、何を改善するっていうんだ? 魔王討伐のために、一体俺の何を改善する!?」
戦士リアムの言葉には怒りが感じられた。
そう、戦士リアムは当初から、カウンセリングが回復や治療のために行われる行為だということに怒りを覚えていた。
まるで自分が何かを患った患者だとされているようで気に食わないのだろう。前回と同じ流れだ。効果が目に見えないこと、そもそも自分が治療が必要だと認識されていること。
主にこれが戦士リアムが星乃を詐欺師と呼ぶ理由であり、これを理由に彼は前回のカウンセリングを途中で帰ったのだった。
「リアムさん、誤解なんです。カウンセリングの本質は自己理解です。必ずしも治療という訳ではないんです。対話を通して、自身の感情や思考、行動パターンを客観的に見つめ直すことが出来れば、問題にぶつかる度に解決のきっかけが作り易く――」
星乃の言葉を終えるのを待たずして、戦士リアムは剣を抜き、一瞬でその鋒を星乃の首元へ落とした。
「……!」
「魔力も微塵もねえ。反応も最悪。やっぱり素人だよな」
「戦士リアム、いい加減にしろよ」
「解せねえよ、こんな小娘に、エルンストンはともかく、アルフレッドもカイルも信頼を寄せていた。賢者、あんたさえも」
「リアムさん」
星乃は動揺を見せず、真っ直ぐ戦士リアムを見つめていた。
「私は魔法を使えません。剣も握ったことないです。凡人です」
「見りゃあ分かる」
「凡人だからこそ、人の話をよく聞いて、よく理解しようと努力します」
「何の話だよ」
「人は誰しも、自分が思っている以上に自分の気持ちを理解できていません。だから苦しむんです。でも、カウンセリングを通して気持ちを整理してゆくと驚くほど楽になるものなんです」
「それも詐欺師が言いそうなことだ」
「私はそのための勉強と訓練を積んできました。私は自分が『心の専門家』であると自負しています」
「……じゃあ、やって見せろよ」
戦士リアムはこともなげに剣を鞘に収めた。
星乃は深くを息を吐くと、覚悟を決めたように戦士リアムを見た。
「……ソフィアさん、エルンストン、二人だけにして貰える?」
「駄目だ。いったはずだ。俺は賢者ソフィアの前でお前が詐欺師であることを証明させる」
「リアムさん、本来カウンセリングは1対1で行うものなんです」
「怖気付いたか、女。賢者はいつも同席していると聞いている」
「リアムさんは他国の出身だと聞いています。ソフィアさんを信頼していないでしょう」
「しているよ。惚れてるからな」
聖職者エルンストンが私と戦士リアムの顔を交互に盗み見し、一人で赤くなっている。
「あ、じゃ、じゃあ私はお暇しますね」
「エルンストン」
星乃が聖職者エルンストンにいつものように微笑みかけた。
「リアムさんを連れてきてくれてありがとう。また明日、会いにきてくれるかな」
「はい!」
感謝どころか不本意この上ないはずだったが、聖職者エルンストンを落ち込ませる訳にもいかないのだろう。
聖職者エルンストンが去り、星乃と私、クライエントの戦士リアムがその場に残った。
しかし、状況はあまりに不適切だった。何しろクライエント本人が試験官気取りでカウンセリングを受けにきているのだから。これではカウンセリングの基本である自己開示など叶うはずもない。
今になって、星乃の言っていた「意に反するカウンセリングは有害になり得る」の意味を痛感する。
日を改めさせられ、星乃に頭を下げるべきだろうか。私がそう考えていた時、星乃は提案した。
「リアムさん、ゲームをしませんか」
「何?」
「ゲームです」
「逃げるのか、専門家。詐欺だと見極められるのが怖いか」
「ゲームはね、人の心がよく見えるんですよ」
「……」
「私の世界のゲームです。ご存じでしょうか」
星乃は微笑んだ。
「『真実か挑戦か』」
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