第3話 国王の憂鬱

 国王レオンハルトは疲れ果てていた。眠れていないのか目のくまが酷く、白く長い髪と髭も相まって実際以上に老いてみえた。

 四冥将の一角を落としたという吉報よりも、射手カイルを失った戦力の損失が彼を焦らせていた。


「賢者ソフィアよ。なぜ心理カウンセラーの成果とやらを隠す」

「恐れながら、先ほどお伝え致しました通りです。昨夜、星乃は勇者アルフレッドの精神的負荷を和らげ、その効果をアルフレッド自身も自覚しております」

「魔法も使えぬヒューマンがどう勇者の心を助けたというのだ」

「以前お伝えした通りです。カウンセラーは対話を通して――」

「どのような対話をしたのかと聞いているのだ」

「……カウンセラーには守秘義務があります」

「この王にもか」

「……恐れながら」


 国王は深いため息を吐いた。

 彼は聡明で寛大な王を演じているが、苛立ちを隠せてはいなかった。


「ではなぜ、戦士リアムは未だ、星乃の元へ訪れない」

「それは星乃ではなく、私の責任なのです」

「どういうことだ」

「心理カウンセラーという耳慣れぬ職業の異世界人に、心を打ち明けることなど出来ましょうか。心を打ち明けてくれなければ、カウンセリングは意味を成さない。きっかけが必要なのです。そのきっかけは本来私であるべきでした。勇者アルフレッド、射手カイル、聖職者エルンストン、魔法使いセラフィナはそれぞれ、私を信頼してくれていました」

 

 そう、剣術から魔法に至るまで、あらゆる技能に精通する私は、彼らをはじめ多くの子供たちを王立学院で育てた。

 また自分のことで面映ゆいが、1000年生きる私は数世紀前から歌や絵本になり、幼少より国民に尊敬されてきた。国民は無条件に私を信頼していた。だから、彼らは私が信頼する星乃を信頼し、彼女の元へ訪れた。本来カウンセリングではあり得ない第三者の同席が許されたのは、私の存在が彼らの緊張を和らげ、カウンセリングを円滑に勧める一躍を担っていたからだ。

 だが、戦士リアムは違った。彼は他国で生まれた歴戦の戦士であり、私は彼の信頼を得ていなかった。当然、私の推薦する星乃を信頼できるはずもなかった。


「良いか、賢者ソフィアよ。私は戦士リアムを懐柔しろと言っているのではない。いつまでも無意味な政策に浪費はできないと言っているのだ」

「恐れながら、四冥将の一角シリウスを落としたのは、星乃がカウンセリングを初めて半年後のことです」

「あれは私の命令が成した結果に過ぎない!」


 星乃の成果を主張すれば、国王は自らの指揮の成果を軽んじられたように感じ怒った。

 かといって、それを認めれば星乃の成果は軽んじられ、また国王の怒りを助長させた。


「その通りです。国王の政策が1000年世界を支配した魔王軍の一角を落としたのです」


 まずは相手の感情を受け止め、決して否定しないこと。星乃ならそう言うはずだと思った。それがカウンセリングにおいて、相手の信頼を得る基本だと。


「星乃の心理カウンセリングが彼らに与える成果も、国王の寛容さが成す成果なのです。もうしばし、時間を下さい」


 私は折衷案へ誘導した。国王はしばし沈黙し、ついに吐き出すように口にした。


「……次の遠征で勇者一行は、四冥将の一角ガジルを狙う。成果を見せろ。さもなくば、心理カウンセラー天野星乃の政策は中止する」

「感謝します、寛大なる王よ」



   ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



「国王様がそんなことを?」

「ああ、そんなことを言っていた」


 星乃は大きくため息をついてみせると、テーブルに突っ伏した。

 国王との会話の後、私はすぐに星乃のカウンセリングルームへ赴き、一連の話を伝えたのだった。

 私はこれまで敢えて国王が星乃の仕事に懐疑的であることを伝えてこなかった。無駄な心配をさせたくはなかったからだ。しかし、こうなっては仕方ない。


「そう深刻に考えるな、大丈夫だ。あくまで国王の条件は勇者一行の討伐の成功。星乃への戦士リアムの信用の有無ではない」


 そう、カウンセリングの成功が、勇者一行の討伐の成功を指す訳ではない。

 そんなことは国王も弁えている。


「これは国王の方便だ。お前のカウンセラーとしての進退は、勇者一行の武功次第。つまり、国王は暗に私に、射手カイルの欠員を探し、戦力の増強を図れと言っているのだ」

「そういう問題じゃないんだよ」

「その通りだ。どちらにしろ、戦士リアムにカウンセリングを受けさせる必要はある。そうしなければ、仮に欠員を補充し討伐が成功したとしても、国王にカウンセリング政策中止の口実を残すことになるからな。だから、なんとしても勇者一行が王国にいる間に、戦士リアムにカウンセリングを受けさせ――」

「そういう問題じゃないんだってば」

「どういう問題だと言うんだ?」


 突っ伏していた星乃はようやく頭を上げ私を見据えた。


「私はね、ソフィアさん。自分の仕事が魔王討伐に役に立っているとか、立っていないとか、どうでもいいんです。ただ彼らの気持ちを楽にしてあげたいだけなの」

「そうはいくまい。政策が中止になれば、路頭に迷うのはお前だぞ」

 

 そう、勇者一行のカウンセリングは魔王討伐のための王国の政策の一つであり、その対価は王国が払うこととされている。星乃のこの家も、報酬も、全て王国から出ている。謂わば星乃は王国に雇われているのだ。


「そりゃ私も職を追われるのは嫌だよ。この世界に転移した私をソフィアさんが拾ってくれて、国王様を説得して仕事も与えてくれて、感謝もしている」

「うむ」

「でもね、アルフレッドたちをカウンセリングして、もっと大切なことに気づいたの。彼らは見せないだけで、みんな精神的に追い込まれている。仕事とか関係ない。助けたいの」

「ああ、だからこそ戦士リアムをカウンセリングを受けさせなければならないだろう」

「ソフィアさんはカウンセリングを続ける口実作りのために彼を連れてくると言ってるんでしょ?」

「……うむ」


 なるほど、その通りだった。

 星乃にとってそれは自分の仕事を軽んじられたようで気持ちよくはあるまい。


「誤解するな、私はお前の力を信頼している。しかし、戦士リアムは心身ともに強靭だ。初めからカウンセリングを必要としていないだろう」

「そんなことなかったと思うよ」

「何?」

「半年前に一度カウンセリングで会ったきりだけど、リアムさんの精神状態は不安定だった。あのまま冒険に行かせることは心配だったの」

「……そうなのか?」


 もちろん勇者一行の面々は皆プレッシャーや、死への恐怖と日々戦っていた。

 しかし、戦士リアムは違った。何より戦いを愛し、敵の排除を生き甲斐にし、水を得た魚のように活き活きしていたように思う。

 そう言うと、星乃は大きく首を横に振った。私が見えぬ精神的な問題を戦士リアムが抱えているというのだろうか。


「しかし、だからこそ戦士リアムをカウンセリングに連れてくるべきだろう」

「来てくれないものを無理にどうこうはできない。カウンセラーは『待ち』の仕事だから」

「しかし、そうはいかなくなったという話だ」

「だから、困ってるんだよ」

 と再び星乃はテーブルに突っ伏した。

「心配するな。私が戦士リアムを連れてくる。力尽くでもな」

「冗談やめてよ、ソフィアさん。ダメだよ」

「なぜだ?」

「本人の意思に反して、ご家族に連れて来られるクライエントは確かに多いよ。でもそれは、明らかに本人が問題を抱えていて身内や周囲が困っているケースだから。自他共に問題意識がない人をカウンセリングに無理につれてくるなんて、意味ないよ」

「しかし、お前は奴を精神的に不安定だったと言っただろう」

「それはあくまで私の主観で、誰かに押し付けることじゃないの。ソフィアさんだって問題視してなかったでしょ。誰も問題視してない人をここへ無理に連れてきたら本人はどう思う?」

「……ブチギレるだろうな。我々を慕う勇者一行にもブチギレ、戦闘に支障をきたすかもな」

「でしょ。冷静になってよ、賢者様なんだから」

「ふむ」


 どうやら星乃が落ち込んでいたのは、国王に成果を評価されていなかったせいでも、仕事が危ぶまれているせいでもなかった。

 戦士リアムにカウンセリングの参加を強要しないといけない状況に対して、成す術がないことを知っていたのだ。


「しかし、ではどうする?」

「どうもしない」

「何?」

「これまで通り、どうもしない。来るもの拒まず、去る者追わず。これしかできないの、カウンセラーは」

「……失職するぞ?」

「就職活動するよ」


 星乃は不貞腐れているような態度でありながらも、覚悟は決まっているようだった。

 少しでもクライエントに悪影響だと分かれば失職も厭わない。星乃らしいと言えばらしかったが、私としてはそういう訳にもいかない。

 星乃は魔王討伐の要なのだ。

 仮に四冥将ガジルを倒せたとしても、星乃のカウンセリングなしで残る魔王軍を壊滅することは不可能だろうと私は踏んでいた。


「ごめんね、ソフィアさん。私の力不足で」

「戦士リアムがカウンセリングを受けないのは私の信頼の問題だ。謝るべきは私だ」

「違うよ、初日でリアムさんの信頼を得られなかったのは私。日本じゃ相性の問題で諦められたけど、ここじゃそうはいかないのに」


「あのう」


 可愛らしくも弱々しい声が聞こえた。声の先に目を向けると、扉の隙間から小動物のような大きな瞳が覗いていた。


「ごめんなさい、お邪魔でしたよね、ごめんなさい、今日は帰ります、すみません、約束もないのに、ごめんなさい」

「大丈夫だよ、よく来てくれたね。エルンストン」


 先ほどまでの態度が嘘のように、落ち着き払った様子で星乃はそう返した。

 そこにいたのは、赤い癖毛が野暮ったい少女――

 ――聖職者エルンストンだった。

 彼女は勇者一行の一員にして、王国一番の治癒者だった。


 そして彼女は、うつ病を患っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る