「鳥葬 ④鳥葬」
時にあんた、烏瓜の実はお好きですかねぇ。
散々申してますように、この先の沼の奥に大椚がありましてね。そいつの周りにゃ烏瓜が、ぽんぽんと生えております、ええ。その中に、一際花を咲かす奴がありましてねぇ。この実がまた大層、美味いのなんの。帰りにひとつ寄ってみて下だせぇ、ええ、もう食う者もおりませんでね。聞いて貰ったぁ、礼みてぇなもんだ。さあ、この長話も、もう間もなく終いです。
ここいらは、くねくねと細く見通しの悪いご覧の通りの一本道。車同士がすれ違うのもぎりぎりでさぁ。あの通り、いつもの調子でびゅんびゅんやってますと、イタチだのコジュケイだのでは一溜りも無いでしょうねぇ、なんせ水牛みてぇな鉄の塊だ。
でも、じゃあ、鉄の塊と鉄の塊ではどうなんでしょうねぇ。ええ、水牛と比べりゃ仔牛みてぇなもんですが、あちらは見境なくびゅんびゅんとやって来る。そいつの前にひょいっと顔だしゃ、ねぇ。
そうと決まりゃ、と沼の奥の大椚に参りましてねぇ。その脇の藪を掻き分け進みますと、雑木林に絡まりました烏瓜の蔦が見えてまいります。
辺りはすっかり更けまして、昼間のうちは騒がしい蝉なんかも、もう御ねんねでさぁ。代わりに後ろの方では沼の水面に浮いたウシガエルが、もおうもおうと鳴いている声が聞こえます。
数日前に来ました時は、まだほんの蕾でした烏瓜の白い花が、雑木林の枝葉の間から木漏れました月明りに照らされて、今まさに開こうとするところでした。
蔓から伸びた長細いラッパみてぇな蕾がそちこちに飛び出ていまして、その先が月の明りに触れますと、夜だってのに目を覚ますみてぇにぱくりと割れましてねぇ。手のひらに乗るくれぇの六枚の花弁がぱあ、と開きますとその先にくるくると絹糸みてぇなのが絡まっている。こいつが頭なんかに乗せますとね、毛に絡まって具合がいいわけでさぁ。
頭に乗せてやりますと、真っ白な花弁が色白の鈴にそれはよく似合いまして。
こうして咲いた烏瓜の白い花を見てるだけでぇその下に、鈴の三日月みてぇにした目が見えて来るようじゃあねぇですかい。カラス、なぜ鳴くの。鈴が転がるみてぇな、りいんりんといった歌う声が聞こえて来るようじゃあねぇですかい。
やるぞと決めましたその夜に、こうして烏瓜の花が咲くなんざ、これは天啓か何か。いえいえ、鈴がそう言ってるんじゃねぇかと、ええ、思いました次第でさぁ。
明くる日は、はい、今日の事でさぁ。朝から川に参りまして、ざぶざぶと頭から水を被り身を清めまして。ええ、ですんで埃も虫もこれっぽっちも付いておりませんぜ、へへ。
それはまあ、ともかく。何もお互いに命を取り合おうなんて覚悟じゃありませんで。ちょいと脅かしてね、手前にとっても危ねぇ事だと、気づいてもらえりゃ御の字ってくれぇで。だから、まあ願懸けみてぇなもんでさぁ。
馴染みの年寄りの軽トラックに、昼くれぇから潜みまして。いつものようにこの年寄りが軽トラックを走らせて、くねくね細い一本道に差し掛かりましたら、件の水牛みてぇな車とすれ違うその瞬間、ばあぁ。なんて鏡に顔を出す寸法だ。慌てて年寄りがハンドル取られりゃ、水牛みてぇな車と、どおんと行くんじゃねぇかと。
ええ、悪けりゃ年寄りも相手も死んじまうかもしれませんがね、知ったこっちゃねぇ。こっちは何匹もやられてんだ。
そうやって、軽トラックの下に潜んでいましたところ、もう間もなくか、と顔を出しましたら目の前にぽたり、白い物が上から降って来ましてねぇ。そいつは、風が運んで来たのでしょうか、それとも、まさかカラスが落としてったんじゃあねぇでしょう。
真っ白い、一輪の烏瓜の花でした。
いけないよあんた、そいつはいけないよ。きっと、鈴が止めてくれたんでしょうねぇ。
なんてこたぁない、危ねえ車を諌めるだの、力ねぇ動物を助けるだの、長閑な田舎を取り返すだのあれこれ結構な事を申しましたが、なんてこたぁない。死んじまった鈴の仇討ちがしたかっただけなんだと、鈴はそんなこたぁ望んでねぇんだと、何処からともなく落ちてきた、烏瓜の白い花を見て、ええ、ええ、思ったわけでさぁ。
それでも何もしねぇよりはと、とぼとぼと此処に来ましてね。水牛みてぇな車が通りましたら目に付くように、土手の辺りで派手にひと踊りでもしましょうかと。この辺りにゃこうやって、タヌキだのがおりますぜ、と目に入れれば幾らか遠慮はしてくれねぇか。そう期待したんでさぁ。
まずは年寄りの軽トラックが通りまして、巻き込もうと考えすまんかった、と頭を下げ見送りましてね。さあ、次はいよいよ水牛のお出ましか、というところであの馬鹿。コジュケイの若いのが、ふらふらと道を横切ろうとしてやがる。向こうからはもう水牛みてぇな真っ黒い車が迫る。
ええ、咄嗟でしたね。さっきの勇ましい姿を見りゃ、へへ、鈴もまた惚れ直す事でしょう。それとも、この馬鹿と叱られますかねぇ。
しかし、あの人間の驚いた顔は可笑しかったですねぇ。無理もねぇ、いきなり目の前にタヌキが飛んで来たのですからねぇ、嗚呼可笑しい。
あのコジュケイの若いのはどうなりましてぇ、もう目も利かねぇんでね。行きましたかい、そうですかい。ああも鈍間じゃそう遠くねぇうちに、それこそイタチだかハクビシンだかに食われちまいますぜ。でもそれも悪かねぇ。こんなところで、こんな風に死ぬこたぁないんで。
食って食われて子を産んで、そうやってぇ命は巡る。巡るんでさぁ。巡り巡りゃいつかどこかで生まれ変わり、鈴や稚児とまた一緒に暮らす日もあるかも知れませんぜ。
最後にひとつ、情けをかけちゃくれませんかねぇ。足の骨の一本でいいんだ、さっき教えた大椚の近く、一際花咲かす烏瓜のその根元に、骨を撒いちゃあくれねぇか。あんたらカラスならばぱっひとっ飛びでしょう、後生です。
その烏瓜の根元に、鈴と、稚児が埋まってるんでさぁ。あそこで一緒に、瓜の肥やしになって美味い実をつけますのでねぇ。
さあさあ、これで話は終いでさぁ。たんと食って下だせぇ。たんと食って元気な子を産んで下だせぇ。子が産まれたらうんと可愛がってやって下だせぇ。秋になったら子を連れて、あの烏瓜をたんと採って下だせぇ。
嗚呼、どっかで松虫が鳴いておりますねぇ。
まるでぇ、鈴の音みてぇだ。
(了)
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