「鳥葬 ③烏瓜の白い花」

 烏瓜の花の時期も終わった、秋口でしょうかねぇ。

 ずいぶん早くから鈴がごそごそと準備してるもんで、寝ぼけ眼でどうしたんだい、と聞いたわけでさぁ。鈴は、カラスに持っていかれる前に瓜を集めておこう、休んで下さい、と言っておりました。その日は夜のうちに稼いでいたもんで、慣れた道でも気を付けるんだよ、と見送ったのでさぁ。

 その頃には太い道路も走っておりましたしね、向かいの丘にゃ住宅街なんかも。だから止めるか、せめて一緒に出かけていればぁ、と悔いが残るばかりでさぁ。



 幾らか日が昇りましても、鈴は帰っておりませんでした。流石に心配になって表に出ると、やけにカラスが飛び交って騒がしい。嫌ぁな予感がしましてねぇ、気づいたら駆けておりました。


 カラスの飛んでいく方に向かっておりますと、大椚のある沼に続く、細いくねくねした道の電線にカラスどもが集まってましてねぇ。はい、かぁかぁと喧しく鳴いておりました。そうです、ええ正にここでさぁ。

 道路の脇にも何羽かのカラスが降りて来て、何やら囲んでおりました。それが鈴だとぴぃんと来ましたのは、傍らに烏瓜が幾らか落ちていたからで。急いで駆け寄って蹴散らすと、わっとカラスどもは舞い上がって距離を取りまして。落ちていた烏瓜を拾って投げつけましてね、鈴に触るんじゃねぇ、お前らはこれでも食っていろ、と。ヘヘ、まあ気を悪くしねぇで下だせぇ。


 倒れておりました鈴はぁ、ええ、眠っているようでしたねぇ。よくそうやって鈴は、ふざけて死んだふりなどしましては、我慢できずにくすくす笑ったものでして。あまりにもきれいな顔でしたので、てっきりふざけているものと。肩を揺すり、冗談が過ぎるぞ、ほれ、笑っておくれ、と声を掛けましたが一向に目を開けない。

 いえいえ、本当は、ひと目で分かっておりました。嗚呼、死んでいるなぁと。

 胸も上下しませんし、瞼もぴくりともしない、何より抱えた時のずしっと来る重さやぁ、ぞくっといった冷たさは、そうやって草の上ですとか、軽トラックの荷台ですとかで抱えた時とはまるで違いましたので。

 そして、抱きかかえて初めて気づきましたね。腹などは幾らかカラスどもにやられていたようで、鈴の白い肌にどろっとした赤黒いものが流れておりました。そいつが鈴を抱えた手にもつくわけでさぁ。

 赤黒く染まった手を振って、追っ払っても追っ払っても、カラスはぴょんぴょんと寄って来るものですから、動かない鈴を背中に背負いましてねぇ。ええ、とにかくここを離れようと思いまして、その後はもう必死でございました。



 死んだ鈴みてぇな色の烏瓜の花の時期、そんな事もあってでしょうかねぇ。鈴と同じ場所で死んだ二匹のイタチだかハクビシンだかの死骸を見て、あれやこれやと思ってしまったわけです。

 もしかしたら羨ましかったのかも知れませんねぇ。こうやってぇ、鈴を追って自分も死ねていたならばなぁ、などと全く手前勝手な思いでさぁ。

 だからイタチだかの仇討ちであるとか、呪ってやる祟ってやる、なんてもんではないんで。ただただねぇ、またここいらが、鈴と育った幼い時みてぇに長閑になりゃいいなぁと。そうすりゃあ、イタチだかも番か、親子揃ってこんなところで死ぬこたぁなくなりますし、それだけだったんでさぁ。

 

 ここいらは、まあ抜け道なんでね。通る奴はだいたい決まってるし、時間帯なんかも似たようなもんだ。イタチの死骸を見たのが夕刻だったんで、それよりちょっと前から、そこの茂みに身を潜めて見張ってたんでさぁ。まあ、見張るったってそんな鬼気迫るもんでもありませんぜ。鈴とそこらの草の上に、寝転がってごろごろしてたみてぇに、のんびりとでさぁ。


 夏の木陰で寝っ転がってますとぉ、向こうの方からざぁっと風が吹いて来ましてね。青々とした田んぼの稲が波打つみてぇに揺れるんでさぁ。ぴいんと伸びた稲の葉を、ぎざぎざ口で齧ってた、精霊蝗虫が驚いて、きちきちきちと跳ぶんでさぁ。

 巣立ったばかりの子ツバメが、戯れるみてぇにひらりひらひ、飛び回ってましてねぇ。しめた、とばかりに跳ねた蝗虫を捕まえて、電線に止まっておりますと兄弟達が寄って来て、分けろ分けろと押し合います。一際高くぴいっと言って、親のツバメが子の横を通り過ぎますと、一羽一羽が順番に親に続いて飛びまして。

 そんなツバメの群れに、流れ星みてぇに真上から、ハヤブサが降って来ましてね。そりゃあ見事なもんでした。子ツバメを咥えたハヤブサが、電柱のてっぺんにふわりと止まりまして、山の方を向くわけでさぁ。お母、腹減った、はいはい、しばらくねぇ。あんたは子は、まだですかい。そうですかい。

 山の上には大椚。そこにゃハヤブサの巣があって、可愛い子が待ってるんですかねぇ。中には巣から転がり落ちる、憐れな稚児もあるでしょうさ。大椚には蔦が張って、夏の夜にゃあ真っ白い、烏瓜の花が咲きましょう。細い管伸ばした雀蛾が、蜜を吸いにぱたぱたとやってきて、秋にゃあ幾つも瑞々しい、烏瓜が採れましょう。



 そんな風なのをぉ、見ながら。のんびりと草に寝転び見張っていますと、最初に軽トラックがやって来ましてねぇ。ええ、ええ、馴染みの年寄りでさぁ。よく鈴と忍び込んだ時みてぇに、がたがたと荷台を揺らして行きまして。

 空を流れる雲を見送るみてぇにぼうっと目で追っていますと、草の茂みからひょいとコジュケイの若いのが顔を出しましてねぇ。軽トラックが行っちまうと、道路と土手の境目を、とことことこっと歩くんでさぁ。おい、気を付けろよ、なんて声をかけましてその丁度。軽トラックが行っちまった方角から水牛みてぇな真っ黒な、でかい車が馬鹿みてぇな速さでこちらに向かって来やがります。

 

 縮み上がったコジュケイの脇を、見向きもしねぇで去って行く、ええ、此奴だってぴぃんと来ましたねぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る