「鳥葬 ②烏なぜ鳴くの」
カラス、なぜ鳴くの。嫁の
カラス、なぜ鳴くの。カラスの勝手でしょかぁかぁ、なんて続けると鈴はぷくっと頬を膨らませたあと、目を三日月みてぇにして、りいんりんと笑ったもんでさぁ。
鈴とは同じ春に生まれまして。狭い田舎ですからねぇ、それこそ目も開かない内から、兄妹みてぇに一緒に育ったようなもんでした。
鈴は小さい頃からちょっと変わった奴でして。田舎生まれだってのに真っ白で器量が良くて、そのくせ男勝りな性格でしたね。
年上の子供なんかがね、まだガキですから、こう甲虫なんかを捕まえると、いたずらで足を捥いだりするわけです。そんな時には、かっと歯をむき出しにして、年上でも関係なく飛びかかるんでさぁ。本当に噛みつくような勢いの鈴を、こちらはおろおろ見てるだけでしたね、はは。
年上の子供から甲虫を取り上げて、よく烏瓜が採れる林に一緒に逃がしに行くと、瓜を食べて元気になれよ、死ぬ時はここに戻って来て瓜の肥やしになれよ、なんて五本足の甲虫に鈴は話しかけるんでさぁ。
ええ、目は利く方でしたが、鈴には敵いませんでしたね。
一緒に野山なんかを歩きますとぉ、やれ、このきのこは食べられる、こいつは毒だ。あれは夜のうちに白い花を咲かせて蛾をおびき寄せる。あれはカラスの好きな実だ。なんて風に、いちいち、いちいち立ち止まっては見つけた物を指差すんです。だから、なかなか行き先まで辿り着かないわけですが、鈴が採ってくれた烏瓜はとても美味くて。そいつを頬張りながらよく山道を分け入ったものです。そして、そんな感じですから帰る頃にはすっかり日も沈んじまって、よく揃って親に怒られたもんですね。
その頃はまだここいらは静かな田舎で、農家の軽トラックが通るくらいでしたが、時々ヘビだの、ウシガエルだのが道路で轢かれて死んでおりました。そんな風にならないよう、親は心配してくれたんでしょう。
鈴はてぇ言うと、そんな死んだ生き物を、よくわからねぇ目で見つめていましたね。甲虫を逃がした時みてぇに何か、話しかけてたのかも知れません。
田舎に育ちましたのでね、生き物はやっぱり土の上で死ぬもんだと、今は思います。そいつを何処も其処もアスファルトやらで埋めちまって。そりゃあ、そんな上でも蟻だの蝿だのの餌になるっちゃあそうですが、やっぱり不自然に感じますね。こいつもきっと鈴の影響でさぁ。
鈴とそうやって歩いた野山もすっかり削られて、大きな道路なんか出来ましてね。変わって行くことはしょうがねぇんでしょうが、世知辛い世の中でさぁ。
そうやって思うと、カラスなんかは何処でも、ぱっと降りて来るわけですから大したもんですね。よく鈴と食べた烏瓜にしたって、道路に落ちた動物の死骸にしたってぱっとひとっ飛びですからねぇ。
カラスは縁起が悪いなんて言われますが、鈴はよく言ってましたね。あいつらは掃除屋みてぇなもんで、誰も触りたがらねぇ死骸なんかを片付けてくれるんだ、とかねぇ。
それにカラスは大層、子を可愛がるとも聞きましたぜ。夕方になると子の待ってる山に急いで帰るんだと。茜色の空なんかに急いで飛んでいるカラスなんか見ると、お母、腹減った、はいはい、もうしばらくねぇ、なんて言ってるのかと思うと可愛いもんじゃないですか。
ここいらも、全部鈴の受け売りですがね。
カラス、なぜ鳴くの。そんな夕方に鈴が好きだった烏瓜の白い花を一輪捥いで、一緒になろうと言った時は、へへ、ずいぶん喉がからからだったもんです。それこそ烏瓜をひと齧りして、実の汁で口の中を洗いてぇくらいなもんでした。
鈴はいつも三日月みてぇにしてた目を、満月みてぇにまん丸にしてまして。それでもその後では、やっぱり三日月みてぇに目を曲げて、りいんりんと笑いましたねぇ。
あんたと私は前にも夫婦だった、なんて言いましてその時にはまあ、変わりもんの鈴が言うことだからなぁ、と軽く流してたんですが、今はそんな事もあればいいなぁ、と思いますね。
残念な事に鈴とは子宝に恵まれませんでして。一度、稚児を授かったんですが幼いうちに亡くしましてね。鈴がカラスにくれてやろう、と言うもんで流石に止めました、はは。まあ、変わりもんの鈴の悪い冗談かぁ、強がりだったんでしょう。
それでも、まあ、その後も夫婦仲良く連れ立っては、野山だの、農家だの分校だのが建ち並ぶ辺りを昔と変わらず散策したものです。
人の家のラジオだのテレビだのが聞こえる木陰でごろごろしながら、持ってきた烏瓜を齧ったりしてのんびり過ごしましてねぇ。分校の前なんかじゃ、子供の歌が聞こえてきて、鈴はよく一緒に歌ってましたねぇ。
カラス、なぜ鳴くの、カラスは山に、可愛いななつの子があるからよ。
そうやって、鈴が転がるみてぇに歌ってぇ、鈴みてぇに笑ってましたねぇ、ええ、ええ。
ある時はぁ、何処で覚えたのか。鈴は人様の軽トラックの荷台なんかにひょいっと飛び乗って、こいこいって手招きするわけです。鈴に倣って荷台に飛び乗り隠れていると、こちらに気付かない年寄りが、そのまま軽トラックを出したりするんでさぁ。
鏡なんかに映り込まないように気をつけながら、ふたりで荷台に寝転びましてね。
すうっ、と流れる桜の花びらやら、どこまでも登ってく入道雲やら、並んで飛ぶ蜻蛉やら、鈴の鼻先に落ちた雪だのを眺めましてねぇ。そしてカラスと一緒にこちらも帰るわけです。
並んだ影が長く伸びてるのを見てぇ、こうやって鈴と末永く暮らせればなぁ、と口には出しませんでしたがね、思いましたね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます