「難攻不落恋愛科学部鈍感系後輩(男子)を落とす為の先輩性理論。」

 先輩性理論。ばーん、わたし、そう書いてその手でそのまま黒板を叩くと、白いチョークの粉が放課後の西陽、照らされきらきら舞った。叩いたわたしの方が大きな音にびっくりしたというのに、キミ、澄まし顔。

 「復唱っ」怒鳴った。キミは涼しい顔、涼しい声で「先輩、性、理論」と区切って言って、わたしは気恥ずかしい気持ちになる。


「あれ、だよ? 性と言っても、あれじゃなくて」

「相対性理論、とかの性?」

「それ」


 続けて『E=mc²』とわたしは黒板に書く。つい力が入りすぎ「 ²」のところで、ぽきり、チョークは折れてコロコロ転がり、キミの足元へ。「それが恋愛的万有引力よ」と、わたし。「はあ」と、キミ。


「これ、分かるかしら?」

「えーと、エネルギーは質量と」

「ちがーう」


 ばーん。黒板を叩き、わたしはまた、びくっとする。今度は、流石のキミも少し目を丸くしたので、この学説発表の場、支配権、わたしの物だ。


「『E』はイイ感じ、『m』は無理やりの『m』、じゃあ『c』は?」

「光速の」

「ちがーう。『c』はチューよ。つまり」そう言って、わたしは先輩性理論の公式の上にルビを振った。


 『E=mc²無理やりチューチューするとイイ感じ


「さあ、じゃあ、そ、その、あの、じ、実証実験をしましょう、します、するよ? ダメ?」

「あー、でも『m』にならないので立証出来ないと思われます。よって不成立」


 ぐぬぬ。わたしは、スマホを取り出し、昨日の夜まとめたメモを開く。部活引退まで残り僅か。今日、引き下がるわけには行かないのだ。


「あった。えーと、『光の速度に近づくほど時間が遅くなる』ので『若者の青春はあっという間に過ぎゆき、のんびりしているキミは先輩との時間が貴重である事に気づくのが遅くなる』と言うことです」

「先輩とひとつしか違いませんが」

「わー、うるさい。とにかく要約すると」


『キミ=わたし好き²』これよ、ばーん。


「ひどい」

「そうね」

「実証実験の内容は?」


 顔色ひとつ変えず、キミが言う。わたしはと言えば、たいした反論もないと言うのに涙目だ。「先輩性理論はあります!」心の中で言いながら、鞄からチケットを取り出した。


「えーと、科学館のチケットが2枚ありまして、先輩性理論が正しければ、わたしとデートでも、いかがかなって」

「行きます」

「ふえ?」


 キミは呆けたわたしの手から、チケットを一枚奪い翳して、にやり、笑った。


「先輩性理論は不成立ですが、僕の後輩性理論は立証されそうです」

「後輩、性、理論?」


 それはこういうものらしい。


『熱したストーブに手を置くと1分が1時間に感じられるが、好きな先輩と一緒にいると1時間が1分に感じられる』

 

 いずれにしても、恒星の周りを惑星が回るように、ゆっくり、科学館を回れるといいなと思うが、箱の中の猫がどうなっているかは開けてみないと分からない。それは、また別の理論だ。

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