続、日本三景でした。
「つまらない?」
と部長が言ったのは、効きすぎの冷房に体が馴染んだ、タカアシガニの水槽の辺りだった。
もちろん、そんな訳はない。なにせ、あの部長と一緒に、水族館なのだ。
事実、頭だけを出してだらり、体の力を抜いて浮かぶワニの、後ろ足の角度にふたりして笑った。また別の水槽の前では、宝石箱の様な色とりどりの熱帯魚を眺め、好きな色をお互い言い当てた。そうやって十分に楽しんでいるのだ。それなのに今、部長に申し訳なさそうな顔をさせてしまっている。
「まさか」
そう返すと「出口が近いからかなぁ」と部長はこくん、と首を傾げ言った。
「出口、水族館の?」
「そうそう、例えば。終わりを意識しちゃうとなんだか淋しくなるでしょ?」
遊園地の、最後に乗った観覧車。小さい時に見たアニメの、最終回前の予告。夏休みの最後の一週間。
そういったもの達を、部長はタカアシガニの水槽の前で指折り数える。深海をイメージした青色の照明に照らされると、そんな部長の仕草は何かの厳かな、ある種の儀式のように見えた。
「ずっと読んでた小説の、最終章とか?」
「うんうん。わたしたちの場合はずっと書いてたかな?」
これが『イマジナリー文芸部』の、そして『ジーナを巡る
「部長、遊覧船行きましょう」
この流れを変えるため、青い深海色に染まった部長に、もうひとつの選択肢を告げた。青いリンクの文字は見えない。そして、タカアシガニの水槽の底から登る、空気の泡がひとつ「
「風きもちー」
遊覧船の甲板の手すりに捕まって、部長が目を細めた。大き目の波に遊覧船が乗り上げると、飛沫がそんな部長の顔近くまで舞い上がる。
「船酔い、大丈夫?」
「そうですね。あんまり揺れる描写入れなければ案外いけそうです」
「ふふっ、なにそれ?」
三日月の目で笑って、沖の方にぽつぽつ顔を出す小さな島々に部長は目を向けた。そうしていると、ウミネコの群れが付かず離れず遊覧船に、並行して飛んでいるのが目に入る。
「餌あげます?」と聞くと、それこそ舳先が海水を撒き上げるようにぱっ、と顔を上げて「やりたい!」と部長は言った。
その光景をなんと描写したら良いんだろう。
砂漠のオアシスで、泉から掬った水を、両手で掲げて天に捧げるような。
そんなポーズで手のひらいっぱいに、ウミネコの餌を掲げる部長。そこへ羽ばたきもせず、空気に固定されてるみたいに飛ぶウミネコが、滑るように近づく。最初の一羽はきっとジョナサン。その弟子達が彼のあとに続いた。そうして、重力を無視したみたいなウミネコを周りに従えた、その真中には部長の満面の笑み。
それも束の間、ウミネコ達は一斉に餌に群がった。海鳥に揉みくちゃにされて、それでも部長は夏の空みたいに無邪気に笑う。
餌にありついたウミネコが、離れる時の上昇気流で、被った帽子がふわり浮き上がる。それを慌てて押さえると、部長は目を丸くしてこちらを向き直った。
「帽子。ちゃんと押さえてないと」
「ふふっ、キミがきっと押さえてくれるだろうなって思ったから」
「いやはや」
呆れて見ていると、部長は帽子を脱いで長い髪を海風になびかせた。そして白い指で髪を梳き帽子を被り直す。
「ありがとう。でも、次はもっと優しく押さえてね」
そう言って部長は帽子を被った頭を突き出した。訝しんで見ていると、「はい、練習」と言って帽子の浅いつばの陰から、上目遣いでこちらをを覗いている。
どうしたものかと悩んでいると、さっきのウミネコ達がニヤニヤと鳴いていた。
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