誘われました。

 世界観の説明みたいなのは、本当は神様なんかに頼らずに、物語の中で散りばめ織り上げていくのがスマートなんだろう。しかし、今はあまり時間がないのだ。

 もちろん、いつみざりぃに居場所が見つかるかも分からない。まあ、純文学生徒会長がいてくれるのでどうにかなりそうだけど、問題はそっちじゃなく。

 こうしている間も話数は進み、イマジナリー部長の描写は減って行く。そして書かれなくなった時、それは物語の登場人物においては、言いたくないけど「死」なんだ。

 

 それを防ぐために、ケヤキ並木の言の葉を読み上げ、部長を、部長との時間を描写する。いかに読者にイマジナリー部長の愛らしさを伝えるか。部長が魅力的であればある程、その存在感は強くなる。つまり、そうやって、みざりぃに書き換えられた『イマジナリー文芸部』第一稿に残る部長をサルベージする。

 

 作戦名は「ジーナを巡る冒険オデッセイ」、純文学生徒会長、命名。



「作りかけの部誌『空、想ふ』に部長の書いた文章がありますけど、これを公開したら存在感出ませんかね?」

「いや、そうするとたちまち郷愁ノスタルジアに見つかるだろうね。見てごらん」


 そう言って生徒会長はスマホを取り出し、小説投稿サイトのレビューページ開いた。


https://kakuyomu.jp/works/16818093084013385881/episodes/16818093084013394222


「ほら、この一番下。このユーザーが新着情報を見たら、そこから郷愁ノスタルジアに察知される」

「え? みざりぃ、アカウント持ってる?」

郷愁ノスタルジアの無自覚な生みの親。つまりもうひとつの『夏の思い出』の作者さ」


 わぁ、世間狭い。しかも、そうなるともう片親は······無自覚かどうかは我ながら怪しいが。


 とにかく、ここは地道に書き連ねるしかない。

 足元のケヤキの落ち葉を拾い、葉脈を読み上げる。頭の上ではケヤキの葉が「冒険オデッセイ」「冒険オデッセイ」と鳴っていた。



「ぬりや君、見て見て」


 ケヤキ並木が切れた先も、間隔を開けてぽつりぽつりと街路樹が立つ。それは大通りの横断歩道を渡ると、ケヤキの木からイチョウに変わった。

 ビル一本が下から上まで古本屋のチェーン店。三階の窓から見えるイチョウの葉は、まだまだ若い緑色。たくさんの本に囲まれた後の興奮を冷ます様に、それを窓辺で眺めていると、部長が文庫本を持ち「見て見て」と頬を緩めてやって来た。

 青い背表紙の、ちょっと昔のライトノベルが二冊。表紙のイラストは80’sニューウェーブ。


「同じの二冊じゃないですか」

「ふふっ、ずっと探してたの見つけて。嬉しくって買い占めちゃった」


 そう言って、部長は頬を染め、子猫をそうするみたいに二冊の文庫を胸に抱く。そんな様子を眺めていたら、部長はその一冊をこちらに向けて差し出した。


「これ、良かったら貰って?」

「良いんですか?」

「うん。ふふっ、おそろい」


 受け取った青い背表紙の、夏のSF小説は、タイトルに続いて『下』の文字。


「えっと、『上』は」

「なかったー」

「いやはや」


 同じ本をそれぞれ持って、同じ道順でケヤキ並木の遊歩道へ並んで歩く。同じ石のベンチに座り、買ったばかりの文庫を開く部長を見つめていた。風に揺れるかさかさ、というケヤキの葉擦れに、部長が捲るページの音が時々重なる日曜日の午後。

 そうしていたら、部長は文庫からは視線を外さずに、その文庫を見つけた時みたいに頬を染めて言った。


「今度、家に『上』読みに、来る?」

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