解釈しました。

 遊歩道の隅に掃き集められた、ケヤキの落ち葉の小さな山を、隣り行くイマジナリー部長がひとつ大きく歩を出して、ローファーの裏で踏み締める。

 かしゅり、と思いのほか大きな音が立つと、部長は眉を上げゆっくり振り返った。少しの間、そうやって見合っていると、にいっと眼鏡の奥で部長の目が三日月を作る。

 ふたりして吹き出すと、夏の終わりのひぐらしが驚いて静かになった。そうなると、聞こえてくるのは控え目な笑い声と、近くから発車する市内観光のバスの、ドアが開閉する時の、圧縮空気の音だけで。


「我が心からなつかしみ思ふ」

「上の句は?」

「んー、忘れちゃった」


 そう言って、はにかむ部長の言の葉が、再び鳴き始めたひぐらしの声に乗って、秋の遊歩道に降り注いだ。



「葉っぱ一枚で、よくもまあ」


 言の葉の葉脈を読み上げていると、生徒会長が呆れ顔で見てくる。しかし、そこはさすが部長の親友、しっかり釘を刺す事も忘れない。


「でも、和歌擦り過ぎじゃないか? 忘れちゃったのくだりも何度か見たような気が」


 はい、ぐさり。和歌引用カッコいいじゃないですか。リズムも良いし、見た目も綺麗。込められた心情も美しいときたら、これを使わない手はない訳で。とは言えあんまり多用するのもどうか、とは思ってはいる。

 それに別れ際のみざりぃの叫び声。そうすると、風が吹いて擦れたケヤキの葉が「盗作」「盗作」と鳴ってげんなりする。


「まあ、ヌリーはもっと色々読んで幅を広げたほうがいいね」


 と生徒会長はまた一枚落ち葉を拾い上げた。

 ところで、ヌリー、とは?



 さて、前々回ラストで格好良く「冒険オデッセイだ」と宣言したあと、どうしているかと言うと遊歩道に散乱する落ち葉を拾っている。もちろん、清掃活動ではなくて創作活動。

 まあ、部長不在の文芸部はボランティア部と変わりないかも知れないけれど、と言う冗談は置いておいて、言の葉の葉脈を読み上げているのだ。


「これ、全部が言の葉なんですか?」

「そう、誰かが言った言葉、これから誰かが言う言葉、言葉にならなかった言葉。そんなところ」


 それは、すごく良い、と思う。右を見ても左を見ても、ケヤキ並木は延々と続いている。きっと人は無意識下でここにアクセスし、言の葉の葉脈を読み上げるのだろう。そう思うと『自動販売機まで歩く。』が上手くかけた説明がつく。あの話はここから来たんだ。

 それに、これだけ葉が繁っていればいくらでも小説が書けそうだし、この葉の中に未完の小説の続きなんかもありそうだ。という考えはお見通しの様子で生徒会長が笑う。


「葉脈に書いてある事は同じでも、読み手によって解釈が変わるんだよ。ヌリーが読んでもカラマーゾフにも黄昏ゆく街にもならない。たまに偶然が重なる事もあるけどね」


 そう言って、生徒会長は足元の何枚かの落ち葉を拾う。それを寄越して片眉を上げ、読んでご覧のジェスチャー。すると風にざわめく頭上の枝葉葉から、また「機械」「仕掛け」「神様」という音が聞こえた。


「同じ言の葉から同じ解釈の『夏の思い出』が生まれた?」

「良いよ、続けて」

「ふたつの『夏の思い出』が相互作用して構築された『イマジナリー文芸部』内『ラブレター』構造体」

「ふむふむ、ヌリーはこの物語をそう解釈したわけだ」


 そう言われると自信がない。解釈違いだと言われたら赤面ものだ。


「くくっ、どう読むかは読み手の自由。もちろんある程度『こう読んで欲しい』に寄せる努力も必要だけどね。例えば······」


 生徒会長はまた落ち葉を拾い、今度はその葉の端を長い指で千切って寄越した。それを受け取り、所々途切れた葉脈を読み上げると、解釈が誘導される。


「ひとつの『夏の思い出』は郷愁ノスタルジアに強く結び付き、もうひとつの『夏の思い出』を内包する『イマジナリー文芸部』は冒険オデッセイに強く結び付いた」

「そしてふたつの『夏の思い出』を通り道に郷愁ノスタルジアの侵食を受けている。なんて解釈はどうだい?」


 よし、それで行こう。あまり細かく設定しても窮屈だし、そもそも全部説明するのも不粋だ。しかし、この「機械仕掛けの神様」は便利だなあ、と思う。良い拾い物だ。

 

 正に捨てる神あれば拾う神あり、いやそれだと解釈違い、と言うか意味違い?

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