再入部しました。
「ようこそ文芸部へ」
そう言う部長は厚いセルフレームの赤い眼鏡だと良い。
髪は長くて淡く、ひとつに結って右でも左でもいいから肩から前に出ていると良い。
でも、窓辺で本を読んでいる時は、陽射しで金色に髪が明るく透けたりすると良い。
読んでる本が赤と緑の上下巻だと尚の事良い。
制服はセーラー服だと良い。スカートはあまり短いのは良くない。部長の私服姿はいつか見られると良い。ぬりや君はそう思った。
ぬりや君がイマジナリー文芸部のドアを叩いたのは、夏も間もなく終わるというある日の午後。
とある小説投稿サイトでぬりや君が小説を書き始めたのは三ヶ月程前。
ぬりや君は本を読む事は好きだったが書いた事はなかった。なかったと言うか、ちょっとした書類の文章でも、どこかでテンプレートを引っ張って来ないとぬりや君は書けなかったし、年賀状の挨拶ですら禄にぬりや君は思いつかず、今ではなるべく字を書かなくてもいいデザインをぬりや君は選ぶ。
そんな者がなぜ小説など書くのか、しかし今は書くことではなくて、書けない事を書いて行こうとぬりや君は思う。
書き始めると思いがけず小説らしき物がぬりや君には書けた。書けるわけがないとぬりや君は思っていたので、これはなかなかの発見だった。そして三ヶ月間、夢中になって書き続けた結果、ぬりや君は全然書けなくなってしまったのだ。
ぬりや君が新しい小説を書き始めても、出だしで手が止まり筆が進まない。これだって、こんなにたくさんぬりや君は書いたのに、今はたった500文字くらい。
書いては消して、書いては消してを繰り返してぬりや君は思う。
スランプ、ストック切れ、そもそもテーマがない、などなどぬりや君が色々考えた末に思い浮かんだひとつの結論。
「夏が終わったから」
のらりくらりとしながら、肝心の所で核心をつく部長。部誌を作る時だけ筆を取り、悔しいくらい綺麗な描写を書く部長。外国の本か何かのカッコいい引用を、通常会話にさらっと紛れ込ます部長。そしていつも眠たげな目をしながらもふんわりニコニコして、意外と辛口だったりする部長。
そんな部長とふたりきり、書けない日々を乗り越えたり、書く意味を考えたり。
書けない今、必要なのは永遠に終わらない夏なんじゃないのか。小説を書いてる人たちは、きっとみんな素敵な夏を送ったのだ。
だって、いっぱい読んだテンプレ学園モノ小説の夏はそんな感じだったもん。ぬりや君はそう考えた。
生まれ変わったらまた文芸部に入って部長さんから「ぬりやの書く話、好きだな」とか言われたり「ぬりやは書かないの?」「書かないんじゃないんです、書けないんです」とかやり取りしたり「いいんだよ、書けない時は書かなくても」って言われた後「でも待ってるよ」とか言われたりしたい。
とぬりや君が呟いたのが∞。
いや生まれ変わってる暇はない。今書けないともう書けない。そんな予感がして、それであればと脳内の、イマジナリー文芸部のドアをぬりや君は叩いたのだった。
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