怒られました。
冷房の効いた店内は、最初こそ涼しくて生き返る心地だったけれど、今は少し寒いくらいだ。
もちろん、効きすぎた冷房のせいもあるが、刺すような視線を眼鏡の奥からこちらに寄越す、向かいに座ったイマジナリー部長の纏う冷気のせいかも知れない。
「ぬりや君、わたしは怒っています」
そう言ったきり部長は黙ってしまい、わし掴みにしたフライドポテトを口に詰め込んだみたいに、両頬をぷっくり膨らませている。
イマジナリーファストフード店のテーブルには、文芸フリマの戦利品とスマホ、それにLサイズのフライドポテト。
店に入った時は、BLと書かれたその戦利品を手に、ホクホクとご機嫌だったというのに、一体どうしたというのだろう。今は無言でフライドポテトをわし掴みにして、次々口に詰め込んでいる。そんな部長の手元には、前回の作品「ラブレター」。
「説明してもらいましょうか?」
口にぎゅうぎゅう詰めたフライドポテトを、コーラでごくん、と流し込んでから部長は言った。
今回の部長からのテーマは「部長へのラブレター」。自分で設定しておきながら、なかなかハードルが高かった。
最初は描写を連ね綴ろうかと考えたが、ちょっと人に見られたら、引かれそうな予感がしてやめた。
次に考えたのは、ラブレターをアイテムにした物語、または書簡体小説。しかしどちらも「部長宛」という所に難があった。
その時思い出したのは、ハイビスカスのバレッタが似合う、イマジナリー先輩の言葉だった。
──お題でありがちな方向に背を向けるのか、ど真ん中を突っ走るのか、沿っているように見せかけて最後に突き放すのか。
そこで思いついたのが今回の「ラブレター」だ。応援コメントでの部長への熱烈ファンレターは、ある意味ラブレターと言えなくもない。
最初はただの感想だったのが、徐々にイマジナリーに侵食され······。これは良い。
応援コメント欄を参考に配置を決めて、最後のコメントした人の名前のところは、名無し······うー
ん。ちょっと意味深かつ方向性がわかるような、ああ、これだ「みざりぃ」。うん良い。
そして、またしても幸せな偶然が訪れる。
うはっ。今日は文芸の神様が通りかかってるんじゃないのか、と思った。
そういえば、文芸の神様って誰だろう。漫画の神様は手塚先生として、夏目先生? 太宰先生? ドスト先生?
まあ、それはともかく。丁度良い辺りで、なんと、部長自ら感想にお返事した回があるではないか。これを使わない手はない。
それまで短めのあっさりした感想だったのが、急に文字数が増える。良い。気持ち悪くて、良い。
そしてふたつ目の幸せな偶然。ラスト手前の回のサブタイトルが、なんと「危険でした。」だ。
いやはや、こういう事ってあるんだな。と「危険でした。」のところでクライマックス。
ラストは、まだ書いていないイマジナリー文芸部の未来の回に怖いコメント······いや、小説「ラブレター」の応援コメント内で小説「ラブレター」が始まる、入子構造なんて良い。これはすごく良い。
「こんな感じです」
「その説明じゃなくて。キミ、ノリノリで書いてるじゃない。もう文芸部いらないんじゃない?」
部長は何だか呆れたような、寂しいような顔をしてコーラをずずっと吸った。
「いや、割と書けているのは、やっぱり魅力的なヒロインの力じゃないですかね」
「え、そ、それって······」
なんて話していると、テーブルの脇にはいつの間にか女性が立っている。聞くところによると、部長のファンらしい。
「え、サイン? えっと、ここで良いんですか?」
女性が差し出した文庫本の裏表紙に、同じく女性のピンクのペンで、部長が辿々しくサインを入れる。その時、表紙を見てしまったのだ。
『ラブレター ぬりや是々』
そこにはそう記されていた。
驚いて女性を見上げるが知らない人だ。だが、その赤いフレームの眼鏡と色素の薄い髪を見て、何故か胸が締め付けられるような痛みが走る。
「お名前はなんて入れますか?」
そして、その女性は部長を愛おしいそうに、淀んだ目を向け言った。
── Dear ······みざりぃ、と。
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