回収しました。

「キミが書く小説好きだよ」


 入部して2日目のイマジナリー文芸部。部室のドアを開けるなり、窓際に佇み、スマホを手にした部長が顔を上げて言った。すごく良い。「窓際」じゃなくて「窓辺」だったらもっと良かった。


 でも、部長のこの言葉が、キャッチコピーを早めに回収するためのリップサービスだという事もわかってる。そもそも、この部活もいつまで続けられるか怪しいわけで。

 それに「会話で始まるのは良くない」という記載をどこかで見た事を思い出す。


 小説の書き方を調べると、あれは良くない、これも良くない、なんて記載があちこちに落ちている。アスファルトと側溝の、境目の段差みたいに、初心者はそういった物にすぐ躓いてしまうのだ。


「ねえねえ、正にそれが原因じゃない? いらない情報見すぎて身動き取れなくなっちゃったとか」

「そうかも知れません」

「じゃあ、そういう情報を一度頭から追い出して書いてみたら?」


 そう言う部長に、うーん、と唸って返す。もちろん、会話文が続かないよう地文に戻す意図もあるのだが。


「なんというか、ネガティブ要素を排除する、というよりはポジティブ要素でもう一度書き始められるといいかな、と」

「なるほど?」


 この「なるほど?」とか「ありがとう?」とか疑問文じゃない会話にクエスチョンマークがつくのはとても良い。

 しかし、あまりビックリマークやクエスチョンマークは使わない方がいい、という記載も見ていて······やはりそういった情報でがんじがらめになっているのだろうか。


「つまり、ネガティブ要素を排除する、というよりはポジティブ要素でもう一度書き始められるといいかな、と思うわけね?」

「一語一句同じですが、そうです。うまく書けたな、と思う文章は書き出しからスルスル書けたので、それがどうしてか分かると同じように書けるのかも」

「あ、今度はなるほど、かも」


 そう言うと、部長は机の下からノートを取り出して広げた。


「じゃあさ、キミがこれまで書いた小説を並べ直してちょっと分析してみようよ」

「分析」

「そうそう。うまく書けたなって思うのがどの小説か、どの時期か分かったらまた書けるかも?」


 おぉ、と感嘆の声を上げると、部長は眼鏡の奥で目を三日月みたいに曲げる。三日月みたいに、という表現は良く使うのでそういう笑い顔が好みなのだろう。


「どうして、こんなに協力してくれるんですか?」

「それは、キミが······」


 そこまで言いかけて、部長は目を逸らし急に無表情になる。肩から前に出した髪に、日焼けのない白い指を絡ませた。素知らぬ顔を装いながらも軽く頬などは薄紅色だ。

 最初から高感度MAXもどうかと思うが、なるほど、ここらで少し恋愛展開を挟んで来るあたり、さすが文芸部の部長だな、と思う。

 部長は泳がせていた目を一度閉じ、軽く咳払いをした。


「それは、キミが書く小説が好きだから、です」

「ありがとう、ございます?」


 こうしてキャッチコピーは無事回収され、文字数も程よく収まった。

 いつかリップサービスでなく、本当に書いた小説を好きだと言ってもらえると良い。

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