勝利の美酒……は大人になってからだけれども
「それじゃ、『石の初月』踏破を祝して、かんぱーい!」
「「「乾杯!」」」
ダンジョン踏破の翌日の放課後。俺達は再び集まり、満面の笑みでテーブルを囲んでいた。なお集まったのは鈴猫亭ではなく、レッドフォックスという、最大手とシェアを競ってそうな食堂だ。幸いにしてこっちなら、妙な噂は流れてないようだしな……チクショウ。
「ングッ、ングッ、ングッ……プハーッ! あー、勝利の後の一杯は格別ね!」
「ただのジュースでそんな親父臭いリアクションできるの、多分世界でお前だけだぞ?」
「うっさいわね! 雰囲気くらい味わったっていいでしょ!」
俺のツッコミに、リナがそれこそ酔っ払いのオヤジのような口調で言う。プロエタの世界にも酒はあるが、メインとなるのが未成年の少年少女なのだから、当然のように飲酒することはできなかった。
ただまあ今は現実だし、どうも年齢によって飲酒を制限されている感じでもないので、金を出せば普通に飲めそうではあるが……
「それにこの世界のお酒、すっごいマズいのよ! あれを飲むくらいなら、薄い果実水の方がまだマシだわ!」
「へー、そうなのか?」
「そうなのよ。昔お父さんのお酒をちょこっとだけ舐めさせてもらったことあるんだけど……うぅ、あれはただのアルコールよ。断じてお酒じゃないわ」
「ハハハ、庶民の酒は酔うためのもので、味わうためのものではないからな」
うへぇと舌を出すリナを横に、アリサが笑って会話に入ってくる。その手に持ったジョッキに入っているのも、濃い紫色をしたブドウジュースだ。
「ところでリナ。『この世界』とはどういう意味だ? まるで別の世界で上等な酒を飲んでいたような口ぶりだが……?」
「あ!? あー、それは……あれです。平民の世界はってことです。実は昔、ふらっと村に立ち寄った貴族様に、ちゃんとしたお酒を少しだけわけてもらったことがあって……そ、それよりアリサ様もお酒は飲まないんですか?」
「うん? ああ、パーティの時にたしなむ程度だな。自ら進んで思考を鈍らせるというのが、どうにも理解できん」
「クロは故郷の村で、よく
「へー、乳酒……確か体にいいんだったっけ?」
「そうですね。馬や羊などの乳酒は酒精も弱く栄養があるので、出産後の母親や赤子、子供なんかに飲ませる風習のある部族は沢山あります。クロエさんの故郷も、おそらくそういう場所の一つなのではないかと」
「そうだニャ! ロネットは頭がいいニャー」
「いえ、それほどでも……うちの商会でも扱ってますから、もしご入り用でしたら声をかけてください」
「ニャ!? それはいいニャ! なら今度、シュヤクの奢りで皆で飲むニャ!」
「いいわね! 特に奢りってのが最高よ!」
「何で俺が……まあいいけど」
アリサやクロエには今後も世話になるし、ゲームでは名前が出てくるだけで直接関わることはなかったのだが、かなりの大手だというアンデルセン商会と縁を持っておくのは悪くない選択だろう。その手始めにちょっとした酒を買って皆で飲むというのは、考えてみると悪くない。
「ふふ、では最高級の馬乳酒を頼んでおきますね」
「さ!? ろ、ロネットさん、そこはお手頃な感じでお願いできませんかね? へへへ……」
「シュヤク、かっこわるーい! 男なら全財産はたきなさいよ! 宵越しの銭は持たないってことで!」
「その投資先がお前の酒なのが問題だって言ってんだよ! ったく……」
「「「ハハハ」」」
口をとがらせブーブー言うリナを睨み付けると、アリサ達が呆れたような、だが何処か温かい笑い声を漏らす。そうして場が和み、運ばれてきた料理に手を着けていけば、話題はダンジョン内部での活躍の方に移っていく。
「にしても、まさか私がたった五日で『石の初月』を攻略することになるなんて……今でもまだ夢みたいです」
「そう謙遜することもない。確かに最初にお前の動きを見たときはどうしようかと思ったが、日を追うごとに動けるようになっていくのには感心させられたものだ」
「そうでしょうか? 私自身にはあまり実感がないのですけど……」
クピッとコップの中身を飲んで言うロネットに、グイッとジョッキの中身を飲んだアリサが真剣な表情で答える。
「今だから言うがな。正直今回のダンジョン攻略はあまり乗り気ではなかったのだ。パーティを組んだという体裁だけ整え、私の力で踏破の実績だけを得ようとしているのではないかと思ってな」
「うえっ!? そ、そうなのか!?」
その言葉に、横で聞いていた俺は変な声をあげてしまった。するとアリサは苦笑しながら話を続けていく。
「ああ、そうだ。直前で合流したクロエはともかく、貴様やリナは『石の初月』を踏破するにはやや実力が足りていなかったし、ロネットに関しては言わずもがなだ。
対して私は、自分一人でもあのダンジョンを踏破できた。それだけの実力差がある相手をパーティメンバーに誘うなど、その者に頼って攻略すると言っているようなものではないか」
「むぅ……でも、俺はそんなつもりは……」
今回のダンジョン攻略において、確かにアリサの貢献は極めて大きい。もしアリサがいなかった場合、ロネットを育てるのにもっと大きな安全マージンを取らなければならなかったため、攻略にあと半月はかかっていたことだろう。
俺は無意識に、アリサを便利に……主人公の役に立つために存在するキャラクターとして扱ってしまっていたのだろうか? 自問する俺を見て、アリサは軽く首を横に振る。
「ああ、わかっている。というか、一緒に戦ってみてすぐにわかった。確かに私は敵を引きつける壁役をやっていたが、それはそもそも私に向いた役割であり、ごく普通に仲間として頼られたに過ぎない。
そして貴様達は、それ以上を要求しなかった。たとえ弱くても努力して、工夫して、勇気を出して魔物を倒し、その力を磨いていった。
それは私に依存したり、私を利用することだけを考えている者にはできないことだ。今はまだ私の方が強いだろうが……貴様達は間違いなく、私の仲間だった。実にいいパーティだったぞ」
「アリサ様……」
「フニャー……クロは難しい事はわからないけど、シュヤク達と一緒にダンジョンに入るのは楽しかったニャ! 今度は一緒に『久遠の約束』に入って、シュヤクにサバ缶を奢ってもらうニャ!」
「クロエ、お前なぁ……」
アリサの言葉に感動してすぐのクロエの発言に、俺は思わず苦笑してしまう。それは皆も同じだったようで、俺の横でリナが吹き出す。
「プッ! そうよね、楽しかったわよね! ならこのまま『久遠の約束』にも一緒に潜るって形でいいかしら? アリサ様、どうですか?」
「うむ、いいぞ。どのみちシュヤクから離れるつもりもないし、お前達と行動を共にするのは確かに楽しそうだ」
「私ももっともっと頑張ります! まあ私の場合は、私が頑張ってるというより、新しいポーションを開発してくれる方々が頑張ってるという感じになりますが……」
「はっはっは、体を張って実証実験してるんだから、十分頑張ってるって事になるだろ。アリサ様も言ってたけど、ロネットは謙遜しすぎだって」
「そうよロネット! もっと自信もって! でないとコロッと残念イケメンに引っかかって、ハーレムメンバーにされたりしちゃうんだから!」
「だからしねーっての!」
「む? おいシュヤク、貴様私に靡かないと思ったら、ハーレムが欲しいのか? 何もする前からこの私で満足できぬと宣言するとは、なかなかに豪気だが……」
「違う違う! 違いますから! アリサ様一人でも苦労してるのに、ハーレムなんて無理に決まってるでしょう!?」
「人数分のサバ缶を追加してくれるなら、クロはどうでもいいニャ」
「俺がよくねーんだよ! てかクロエ、お前さてはハーレムの意味よくわかってねーな?」
「父の知り合いに多数のお妾さんを囲っておられる方がいますけど、自分もその一人になるというのは、ちょっと……」
「だーかーらー!」
蘇るかつての悪夢。何故俺は食堂に行くと、あらぬ誤解を投げかけられてしまうのだろうか? そしてこのレッドフォックスも、あえなくセルフ出禁になってしまうのだろうか?
「あの、お客様? あまり騒がれると、他のお客様の迷惑に――」
「あ、ごめんなさい! すぐ! すぐ黙らせますから!」
ひとまず俺にできるのは、文句を言いに来た店員さんに平謝りすることだけであった。
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