初めてのボス戦

 初心者ダンジョン地下五階。太いメイン通路の突き当たりには、分厚く大きな両開きの木製の扉があった。そしてその前には、今から迷宮の主を倒さんとする英雄の姿が五つ……即ち俺達である。


「はぁ、ようやく着いたか……まさかここまで五日かかるとはなぁ」


 あれだけイキッたにもかかわらず、俺達は初心者ダンジョンの攻略に五日かけていた。その計算違いの理由はいくつかあるが、何より大きいのは「時間制限」と「広さ」の二つだろう。


 ゲームでは、ダンジョンに何時間潜ろうと外の時間は経過しなかった。より正確には「部屋に帰って寝る」というコマンドを選ばない限り、世界はいつまででも昼間であったのだ。


 だが現実は違う。授業終わりから寮の門限までの三時間ほどが、平日にダンジョンに潜れる時間の限界だ。事前に申請すればもっと遅くまで潜っていることもできるようだが、特に急ぎで攻略する必要があるわけでもないので、誰もそこまでしようとは言い出さなかったしな。


 それと、ダンジョンの広さも問題だ。ゲームなら三、四〇分あれば攻略できたダンジョンが、現実だとその何倍どころではないレベルで広い。入り口とかショートカットの場所とか、あるいはこのボス部屋のような重要な部分は同じだが、それ以外の通路などがとんでもなく拡張されているのだ。


 故に普通に一フロアの探索に一日かかった。攻略済みの階は最短距離で抜けたが、それでも入り口からここまで辿り着くだけで二時間近くかかる。帰りはボスを倒せば脱出ポータルが使えるが、万一討伐に失敗して撤退となったら、今日は門限を破ることになるだろう。


 ただ、これも納得はしている。そりゃゲームの時みたいに一フロア一〇分もあれば探索完了、なんて広さなら、大量の人員を投入できる現実においては何の脅威にもならない。いや、それどころか授業なら同じタイミングで何十人と潜るのだから、ナニモンカードの発売だよと言いたくなるくらいダンジョン内がぎゅうぎゅうになっちまうだろうからな。


 無論、そのどちらの問題もリナと二人でショートカットから入った時にわかっていたことだが……本格的に攻略するとなると、「時間」と「広さ」はやはり問題だというのが強く身に染みてわかったわけだ。


「あの、シュヤクさん? いくら『石の初月』とはいえ、五日で踏破は途轍もなく早いですよ?」


「え、そうか? でもロネットはちゃんとついて来られてるじゃん?」


 微妙な表情で言うロネットに、俺は首を傾げてそう返す。だがそんな俺に答えたのはリナだ。


「シュヤク、アンタ本当に馬鹿ね。ロネットだから・・・五日なのよ?」


「は? だから…………あ、ああ! そうか」


 呆れた目を向けられ、俺はようやく納得する。そうか、ひ弱とは言わずとも非力な女子であるロネットの姿に勘違いしていたが、この子プロエタのメインヒロインなんだよな。


 つまり、一般人モブとはステータスの基礎値も成長率も比較にならない程高い。今はおそらくレベル三か四くらいだろうからそこまで違いはないだろうが……いや、それも違うか? 授業で潜った時にキール達が強くなってる感じが全然なかったから、多分レベルアップの効率すらも段違いなんだろう。


「モブリナさん? 私だからというのは、どういう……?」


「ああ、気にしないで。ロネットにはそれだけ才能があるってことよ! ……アタシと違ってね」


「そう、ですか? 私としては、モブリナさんの方がずっと強いと思うのですけど」


「そんなの今だけよ! それよりほら、ボス行くんでしょ? このパーティなら楽勝だから、サクッと倒して他のダンジョンに入る許可をもぎ取っちゃいましょ!」


「リナ……わかった。ならここはバシッと決めるぜ! 皆、行くぞ!」


 笑顔を見せるリナに複雑な思いを抱きつつも、俺はそういって扉の手をかける。振り返って全員が頷くのを確認すると、そのまま腕に力を込め……すると重そうな扉がスッと開き、なかには通常のツルツル頭のゴブリンが五匹と、それを率いる赤いモヒカン頭のゴブリンリーダーの姿があった。


「敵、ゴブリン! ノーマル五にリーダーが一! 情報通りだ!」


「通常種は全て私が引き受けよう! こっちに来い!」


「ならリーダーはクロが引きつけるニャ!」


 アリサが盾を打ち鳴らすと、五匹のゴブリンがアリサに群がる。汚い腰布に棍棒というザ・雑魚なスタイルのゴブリンだが、五匹に集中攻撃されるのはかなり危険だ。


 だが、流石はアリサ。素のレベルの高さに加え装備も俺達よりずっといいし、何よりゲームのキャラとしての能力ではなく、アリサという人間の鍛えた技がゴブリン達の攻撃を容易くいなしていく。見惚れるほどの安定感だが、当然俺達だって黙って見てはいない。


「ロネット!」


「スリープポーション、いきます! えーいっ!」


 俺の指示を受け、ロネットが薄い水色のポーションをアリサに向かって投げる。それが割れると白い雲のような霧が広がり、途端にゴブリン達の動きが鈍くなった。


 ロネットがレベル三で覚える技……実家から新作が届いたという流れだったが……スリープポーション。その効果は最長五ターン「眠り」の状態異常を与えるというものだ。ゲームと違って効果範囲内にいれば仲間にも影響が出るが、アリサはそれを気合いで耐え、ほんの一瞬よろめくだけですませた。


「くっ……今だ、シュヤク!」


「おう! えいっ! やあっ! たあっ!」


 よろめくゴブリン達に、今度は俺が斬りかかる。今の俺だと通常攻撃を七回当てないと倒せないが、この状況なら楽勝だ。そのまま一匹倒し、残り四匹。バックステップで距離をあけると、再びロネットのスリープポーションが飛んできて……うむ、いい感じの連携ができている。


 ならばと俺は、ほんの少しの余裕から視線をリナ達の方に向ける。すると向こうは向こうで激闘を繰り広げていた。


「ギャウ!」


「ニャフーン! そんな攻撃当たらないニャー」


 ゴブリンリーダーの振り回す錆びた剣を、クロエがひらりと身を翻してかわす。クロエとゴブリンリーダーのレベル差は一しかないのだが、「素早さAGI」のステータスはゲーム以上に仕事をしてくれているようで、ゴブリンリーダーの攻撃はクロエにかすりもしない。


「そこよ! ウォーターボルト!」


「グギャー!?」


 そうして隙ができると、遠距離からリナが攻撃魔法を叩き込む。それに怒ったゴブリンリーダーがリナを狙おうとするも、すぐにクロエの短剣がリーダーの体を切りつけ、敵愾心ヘイトを自分に取り戻してしまう。


「よそ見なんてさせないニャ! ほらほら、鬼さんゴブリンこちらだニャー!」


「ギャウウウウ!!!」


 プリプリと目の前で振られる尻と尻尾を、ゴブリンリーダーはすぐに夢中になって追いかけ回してしまう。するとそこにまたリナの魔法が炸裂し……おお、やるなぁ。これなら向こうも問題なさそうだ。


「よしよし、いけるぞ! ロネット、ポーションの残りは?」


「ファイアポーションがあと二つ! スリープは今ので最後です!」


「よし、なら一匹は任せる! こっちは俺が……えいっ! やあっ! たあっ!」


 状況を確認し、最後の詰めを実行する。俺の攻撃とロネットのポーションが当たり、残っていたゴブリンは全滅。これで後はゴブリンリーダーだけだが……


「これで打ち止め! ウォーターボルト!」


「グギャ!?」


「なら最後はクロも活躍するニャ! 疾風切り!」


「ギャ……ッ」


 瀕死になっていたゴブリンの首を、クロエの短剣がとどめとばかりに斬り跳ばす。致命の一撃クリティカルヒットを食らったゴブリンリーダーはそのまま光になって消え、ボス討伐を証明する宝箱が、部屋の中央にちょこんと出現した。


「うぉぉ、やったぜ! しょし……じゃない、『石の初月』攻略完了だ!」


「やりました!」


「うむ、皆いい動きだったぞ」


「やったわクロちゃん!」


「やったニャー、リナ!」


 俺とロネットが雄叫びを上げ、アリサが満足げな笑みで頷き、リナとクロエがパチンと手を打ち合わせる。こうして俺達の初めてのダンジョン攻略は、申し分ない形で決着するのだった。

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