雑で巧みな誤魔化し術

「はーい。それでは改めまして、初心者……じゃない、『石の初月』を攻略していきたいと思いまーす」


 それから三日後。思ったよりもあっさりと閉鎖の解けた初心者ダンジョン前にて、俺達は突入前の最後の確認をしていた。


「ちょっとシュヤク。アンタ何でそんなにテンション低いわけ? せっかくなんだしもっと気合い入れなさいよ!」


「何処の誰のせいでこうなったと思ってるんですかね!? ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ー!?」


 適当な事を言ってくるリナを、俺は思いきり睨み付ける。鈴猫亭の飯は大分美味かったのに、こいつのせいで当分顔を出せなくなったのだから、この程度で済ますのはむしろ温情であろう。


「ふふ、モブリナさんとシュヤクさんは、本当に仲がいいですね」


「「どこが!?」」


「息がピッタリだニャ」


「ほら、遊ぶのはそのくらいにしないか。そろそろ私達の番だぞ」


 全力で異議を唱える俺とリナに、アリサが呆れたような顔で声をかける。今日はダンジョンが再解放された初日ということで、かなりの人がいるのだ。授業を終えた放課後だというのに、どいつもこいつも意識が高いことで……ま、俺達もその一人なんだけどさ。


 ということで、列に並んで順番が来たので、俺達は揃って初心者ダンジョンへと足を踏み入れる。早速現れたプニョイム相手に戦うのは、この中で一番戦闘経験が少ない者……即ちロネットである。


「いきます! えいっ!」


 肩から提げた大きな茶色い鞄から、ロネットが赤い液体に満たされたポーションを取り出して投げる。それは放物線を描いて飛んでいき、プニョイムに命中した瞬間割れて、その体をボワッと炎が包んだ。


「やりました!」


「ほほぅ、また一撃か。威力はそこそこだが、一般人が簡単に魔物を倒せる手段としては有用だな」


「ロネット、投げるの上手いニャー」


「えへへ、ありがとうございます」


 感心するアリサと褒めるクロエに、ロネットが若干照れたような顔で言う。一見すると微笑ましい光景だが、俺的にはそれどころではない。


(うぉぉ、必中ってマジかよ……)


 テレビのスポーツバラエティで、プロ野球選手が数字のパネルをボールを投げて抜く、というのがあった。だがトッププロであろうとも、狙った場所を確実に射貫くなんてのは不可能であることは言うまでもない。


 だというのに、ロネットが投げたポーションは、その全てがプニョイムに命中した。運動が得意そうには見えないロネットが五メートル離れた動く的に正確に当てていくのは、気づいてしまうと違和感しかない。


(なあリナ。あのポーションって絶対当たるのかな?)


(さあ? でもゲームだとアイテム投げは命中率一〇〇%だったから、当たるんじゃない?)


(むぅ……)


 軽く囁くリナの言葉に、俺は顎に手を当て唸り声をあげる。もし本当に必中なら、ロネットの戦力的価値は数段跳ね上がる。だがそうなると、アリサは現実仕様なのに、ロネットはゲーム仕様という不思議な状態になるわけだが……?


「また当たったニャ!? ロネット、お前ポーション投げの名人ニャ!」


「ふふ、ありがとうございますクロエさん。でもこれ、実は仕掛けがあるんですよ」


 と、そんなことを俺が考えていると、何やらロネットが話し始めた。俺達全員が注目を向けると、ロネットが鞄からポーションを取り出して見せてくる。


「実はこれ、容器に特殊な加工が施してありまして、魔物の持つ魔力に反応して、こう……吸い寄せられるというか、ある程度誘導して当たるようにしてくれるんです。


 あくまでも『ある程度』なので、私の実力では捕らえられないような素早い動きをする魔物にはよけられちゃうと思いますけどね」


「そのような技術があるなど初めて聞いた。実に便利そうだが、販売はしないのか?」


「まだまだ研究段階の技術なので、一般販売はもっとずっと先になるかと思います。あと技術の漏洩を防ぐという観点から、これらのポーションは私が直接使う分だけで、皆さんにお渡ししたりはできないことをご了承ください」


「そうか。他家の秘密を盗むつもりなどないから、安心するがいい」


「クロも投げて見たかったニャー。でも秘密じゃ仕方ないのニャ」


「ありがとうございます、アリサ様、クロエさん。モブリナさんとシュヤクさんも宜しいですか?」


「アタシは勿論オッケーよ。むしろロネットの秘密の花園を覗き込むような輩がいたら、この手でビシッと目潰ししてやるわ!」


「ああ、俺も平気だ。俺達に渡さないってだけで、ロネットに使ってくれって頼む分にはいいわけだろ?」


「はい、それは大丈夫です」


「なら問題ない。アリサ様やクロエにはまだ及ばないけど、お互い頑張っていこうぜ」


「はい!」


 俺の言葉に、ロネットが笑顔で頷く。なるほど、非力なロネットがポーションを必中させる理由とか、プレイヤーが特殊ポーションを取り出して換金できない現実的な理由は、そういう感じになったのか。


 まあ正直大分強引というか、手前に一つわかりやすい答えを置くことで、根本的な謎からは視線を逸らさせているという感じがしなくもないが、それは追求しても意味がない。宇宙の真理に迫るのは仏様とか新人類の役目だからな。


「うっし、ロネットが戦えるってわかったなら、このままサクサク進んで、とりあえずレベル三くらいまであげちゃおうぜ。んでスリープポーションが使えるようになればゴブリンくらいは楽勝だから……」


「あの、シュヤクさん? れべるというのは何ですか? それに開発中のポーションのことを、どうしてシュヤクさんがご存じなのでしょうか?」


「んぐっ!?」


 訝しげな目を向けてくるロネットに、俺は思わず言葉を詰まらせる。そのまま激しく視線を泳がせていると、目が合ったリナが紙くずを見るような目をしてからロネットに猫なで声で話しかけた。


「もう、何言ってるのよロネット! この前アタシの魔法とロネットのポーションを組み合わせるって話をしたりしたでしょ? その時に状態異常系のポーションなら効き目が強くなるかもって言ったじゃない! それの延長でしょ? ねえシュヤク?」


「そ、そうそう! ほら、今ロネットが投げてるのって属性攻撃ポーションだったろ? なら次は状態異常系かなーって思ってさ」


「そうですか。確かにうちでもそういう発想で開発はしてますので、納得できなくもないですが……なられべるというのは何ですか?」


「そっちは……俺の直感が導き出した強さの目安って感じかな? 具体的には俺とかリナが三くらいだと、ロネットは一、アリサ様は一〇、クロエが六くらいに思える。


 ちなみに魔物の方は、プニョイムが一でジャイアントラットが二、ゴブリンが三から四で、このダンジョンのボスであるゴブリンリーダーが五ってところか」


「随分と具体的な数字ですね? 何か根拠はあるのですか?」


 ロネットの問いに、俺は首を横に振る。この世界がゲームであった時のデータなので信憑性は抜群だが、何も知らない相手にはとても説明できないからな。


「あくまでも俺の印象だから、根拠って言われるとないな。それぞれの能力を数値にして現すとかできれば別だろうけど……逆に聞くけど、そういう魔導具とかはないのか?」


「いえ、ありません。でも、能力の数値化……できたら凄く便利そうですね。基準をどうするのかとか、どうやって測定するのかとか、超えるべき問題は沢山あるでしょうが……」


 俺の言葉を聞いて、ロネットが考え混み始める。もしこれでレベルとかステータスの測定器が開発されたりしたら俺としても大助かりなので、この前の体臭のテストと違って、こっちなら是非協力したいところだ。


「おいシュヤク、貴様に負けた私が一〇で、貴様自身が三というのはどういう判断からなのだ?」


「へ? どうって言われても……だってあの時、アリサ様全然本気じゃなかったですよね?」


「それはそうだが、ならば貴様は本気ではない私とたった一度剣を交えただけで、私の全力を見切ったということか?」


「っ! え、えっと…………」


 再び宙を彷徨う視線がリナとぶつかったが、「これ以上は知らない」とばかりに顔を逸らされてしまった。ならば……よし、こうしよう。


「いやぁ、実は俺、そういう相手の実力を見抜く目にはちょっと自信があるんですよ! 勿論素人に毛が生えた程度なんで、自分より凄く強い相手とかならあっさり誤魔化されると思いますけど。


 あーでも、魔物だと自分の実力を隠したりしないんで、結構正確にわかると思います」


「ふむ? それはつまり、間接的に私が未熟だったと言いたいわけか?」


「あー……そう、ですね。絶対追いつけないほど遠いとまでは思えませんでした」


 アリサの性格を考えると、これ以上下手に出すぎるのはよくない。そう考えて思い切った答えを返してみたが……


「フッ、そうだな。私も所詮は学生。まだまだ発展途上の身だからな」


 ふぅ、どうやら賭けには勝ったようだ。ニヤリと笑うアリサの態度にホッと胸を撫で下ろし、俺は素早く話題を変えていく。


「じゃあそういうことで、ダンジョン探索を再開しましょう! ポーションが続く限りはロネットに戦闘経験を積んでもらうのを優先する感じで、ゴブリンが出始めたら俺とリナも戦闘に入ります。


 クロエは……大丈夫だとは思うけど、一応罠とかの警戒を。もし誰かがヤバそうな時は、アリサ様がガードをお願いします」


「クロに任せるニャ!」


「いいだろう。確かにこの辺の魔物は私には弱すぎるからな」


「頑張ります!」


「アリサ様がいるのに、やっぱりアンタが仕切るのね。ククク、これも主人公しゅやくのサガか……」


「同じネタ被せてくるの早すぎるだろ……」


 顔の前で手のひらを開く如何にも中二っぽいポーズを決めるリナに苦笑してから、俺達は更に進んでいく。


 目指すは初心者ダンジョン最奥。ふふふ、何ならこのままの勢いで攻略してやるぜ!

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