風評被害の極み

「ほう? アイテムを投げて戦うのか?」


「はい。私自身は非力ですけれど、道具の力は誰が使っても同じですから。それにそうやって私が活躍すれば、うちで扱っている商品の品質を証明することにも繋がりますので」


「流石は商売人の娘だニャ。上手いこと考えてるニャー」


 届いたジョッキを打ち付けて出会いに乾杯し、料理を摘まみながらの談笑。滑り出しから戦々恐々としていた俺だが、始まってみれば会合は思った以上に和やかなものだった。


 ちなみに、今の会話の内容通り、ロネットの戦い方は専用の鞄に入ったアイテムを使用するというものだ。どんなアイテムをどれだけ持たせるかでロネットの役目をコントロールできるし、スキルが育てばアイテムの効果を増幅させたり全体化させたりもできるため、使い勝手はかなりいい。


 欠点としては専用アイテムの所持上限数はそこまで多くないため、ちゃんと方向性を決めて持たせないと全てが中途半端になってしまうことと、本人の言う通りキャラそのもののステータスは低めなため、アイテムが切れると途端に弱くなる……つまり継戦能力が低いことがあるのだが、その辺はプレイヤーの管理次第であろう。


「アリサ様は、やはり剣で?」


「そうだな。盾で守り、剣で切る。単純だが確実な戦い方だ」


「いいですよねー。迷いがない感じで、まさにアリサ様! って感じ」


「クロは短剣でシュパッとやるニャー! どんなサバ缶も、クロからは逃げられないのニャ!」


「何でサバ缶なんだよ! まあ確かに、クロエの攻撃は命中率高いけどさ」


「ニャフフ、百発百中なのニャ!」


 互いの戦闘スタイルを説明しながらの会食は、想像していたより大分楽しい。仲間内でゲームの攻略法を語り合ってる感覚に近いだろうか? 「それいいね!」と感心し、「こんなのはどうだろう?」と新しい戦闘方を提案したりされたりすると、試してみたくてウキウキしてしまうのだ。


「私の投げるポーションと、モブリナさんの水魔法を組み合わせる……ですか?」


「そうそう。例えば毒ポーションをリナのウォーターボルトに混ぜて撃ったら、相手の体に食い込む分効き目がよさそうな気がしないか? それともむしろ、ポーションの液体だけを魔法で撃ち出すとか?」


「それは……どう、でしょう? わかりませんが、試してみる価値はある気がします」


「アンタ、本当にそういう悪知恵だけは働くわよねぇ。感心するわ」


 俺の提案にロネットが考え混み、リナが言葉とは裏腹にちょっと呆れたような視線を向けてくる。だがその口元がちょっと楽しそうに吊り上がっているあたり、やはりこいつもゲーマーなのだろうな。


「私の盾でクロエの体を弾き飛ばし、敵を飛び越えて背後に回らせるというのも面白いアイディアだった。前回戦った時から思っていたが、やはり貴様はそういう奇策が得意なのだな」


「二人で閉じ込められた時も、シュヤクのアイディアでダンジョンの罠を利用したニャー。シュヤクは意外と頭がいいニャ」


「いやいや、それほどでも……それに俺が思いつくのは小手先のイカサマみたいな技ばっかりだから、アリサ様のしっかりした剣術とか、クロエの短剣捌きみたいなのの方がずっと凄く思えるよ。やっぱり基礎は大事なんだなーって」


「そういうことなら、今度私が剣を教えてやろう。手取り足取り、褥のなかまで師として導いてやるぞ」


「それは日が出てる間だけでお願いします」


「むぅ、身持ちの堅い男だな。普通の男なら、私から声をかければ二つ返事でついてくるという話だったが……」


「誰に聞いたのかわかんないですけど、そいつとは縁を切った方がいいです」


「教えてくれたのは私の母なのだが」


「ぐふっ!? がっ、あっ……じょ、冗談が上手いお母様ですね? アハハハハ……」


 とある同僚が知らぬ間に心を病んでいたらしく、聞いていた進捗報告の八割が嘘だということが納期直前に発覚したあの日と同じくらいの冷や汗が、俺の背を滝のように伝う。


 だがそんな俺の内心など知るはずもなく、アリサは更にこの話を膨らませてくる。


「冗談などではないぞ。母の教えはいつだって実践的だったからな。たとえ自分より大きく強い獲物であろうと、上に乗ったら・・・・・・勝ち……何とも含蓄のある言葉だ」


「……………………」


 言わないぞ。俺は何も言わん。だが名前も顔グラも存在しないアリサの母親がアリサそっくりであることだけはもの凄くよくわかった。


「きゃっ!?」


「あっ!? わ、悪い!」


 と、そこで動揺が手に出たのか、俺は飲み物の入ったコップを倒してしまった。ロネットの方に広がっていく液体をテーブルに置かれた布巾で拭くため身を乗り出したのだが、そんな俺から離れるように、ロネットがやや無理目に体を反らす。


「重ねて悪かった。不躾だったか?」


「いえ、そんなことはないのですが……」


「……?」


 ロネットの態度に何となく不自然というかぎこちないものを感じ、思わず眉根を寄せる。するとそんな俺を見て、またもアリサが声をかけてきた。


「おいおいシュヤク。私のいる前で堂々と浮気するのは感心せんな」


「浮気!? いや、飲み物をこぼしちゃったんで拭いただけですけど?」


「隠さずともいい。モブリナから聞いたが、貴様は女の体臭……とりわけ汗の臭いが好きなのだろう? さりげなく嗅ぎにいったのだろうが、バレバレだ」


「は!?」


 前世も含めた……というかほぼ前世だが……俺の人生においても最上位の「は!?」の声と共に、俺はリナの方に視線を向ける。するとリナはそっと視線を逸らす……どころかいい顔で親指を立てやがった。


 そう言えば、リナが何らかの手段で俺の好感度を落とすって言ってたけど……野郎、やりやがったな!?


「い、や、ち、が…………」


「大丈夫だ。男の変わった性癖についても、母から色々教えられたからな。その程度ならば十分許容範囲内だ。


 まあ流石に人前で露骨に嗅がれるのは恥ずかしいが……そうだな、訓練後に汗を流す前、そっと体を寄せ合うくらいはいいだろう。あるいはやはり、ベッドの中だな。そこなら嗅ぎ放題だ」


「シュヤク、臭いを嗅ぐのが好きなんだニャ? なら銀のサバ缶をくれたら、クロのお腹の臭いを嗅がせてあげるニャ! 金ならお尻だって嗅がせてあげるニャ!」


「……………………」


「えっ、あれ!? 私の方が少数派ですか!? 思わず身をそらしてしまったのは、ひょっとして失礼だった……?」


「違うわよロネット! そんなことないから! えぇ、何この流れ。体臭フェチってことにしとけば女の子の方から距離を取ってくれると思ったのに、まさかアリサ様とクロちゃんがオッケーだなんて……もっとエグい性癖にしといた方がよかったかしら?」


「あの、リナさん? 俺の方で他の手段を考えるんで、ホントもう勘弁してもらえないですかね?」


 確かに惚れられるのは困るし持て余すが、だからといって軽蔑されたいわけではないのだ。職場の同僚くらいの適度な距離感が理想なのであって、挨拶するだけでセクハラを訴えられるような関係はマジで勘弁願いたい。


「母から聞いた話だが、汗には異性を興奮させる作用があるらしい。であればシュヤクがそれを好むのは、むしろ当然なのではないか?」


「クロも知ってるニャ! 確かフェロモンとか言うやつニャ!」


「なるほど……お二人が共通してそのような知識を持つのであれば、汗の臭いというのには一定の需要があるのかも知れませんね。これはお父様に進言して、研究する価値があるかも……」


「待って待って! ロネット、そっちに行っちゃうの!? いやでも、ロネット様やアリサ様やクロちゃんの匂いがする香水があったら、アタシ破産するまで買い占める気がする……!?」


「フフフ、何だかお金の臭いがしてきました! シュヤクさん、もしよかったら私達の臭いを嗅いで、どれが一番興奮するかテストしてみませんか? ゆくゆくは他の生徒や教員の方々にも協力していただいて、体型や年齢、食生活などによる臭いの違いから最適解を……」


「ストップ! ストーップ! 違うんで! 俺臭いフェチとかじゃないんで! あと何か、それを進めるとこの世界の若者の性癖が取り返しのつかないレベルで歪みそうな気がするんで、マジでやめてください!」


 メインキャラどころかその辺のモブにすら体臭の項目があるゲームとか、絶対嫌だよ! ごく一部の界隈で狂信的に売れそうな気がするけど、そんなゲームのなかでクラスのは御免だよ!


「ちょっとお客さん、もう少し声を抑えてくれませんか? あとウチはそういうお店じゃないんで、痴話喧嘩なら余所でお願いします」


「ちっげーよ! 何もかもが! 違うんだよぉぉぉ!!!」


 賑わう昼の定食屋に、俺の魂の叫びが響き渡る。なおこの後「鈴猫亭に美女を三人も侍らせた臭いフェチの残念イケメンがいる」という噂がまことしやかに流れることになるのだが……それはまた別の話である。

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